月の都の姫君はスローライフを送りたい。
結局、あの後不死の妙薬は使われることなく、月に近い大きな山にて燃やされたのだという。
彼が永遠に治めることになれば、あの国も安泰だったろうに。人によっては喉から手が出る程欲しいであろうその薬を自ら手放すなんて、不思議な人だ。
「でもまあ、今なら少しわかる気がするわ……」
わたくしの居ない世界で、永遠を生きるのは苦痛でしかない。
そんな風に思ってくれたなら嬉しい、なんて、やはり悪役令嬢は性格が悪いと思われるだろうか。
「でも、わたくしばかりこんな想いをしているなんて、悔しいもの」
月の都に戻り、再会した元婚約者に思い切りビンタしてすっきりしたわたくしは、不敬罪だとかで再び投獄されることになった。社交界はお騒がせ令嬢の話題で持ちきりだ。
だって、彼奴ってばわたくしを捨てておいて、自分が捨てられたからよりを戻そうなんて馬鹿げたことを言うんだもの。ビンタで済ませたのをいっそ褒めて欲しいわ。
正直まだ殴り足りない気はしたけれど、彼奴のお陰で落とされた地上という別世界で、わたくしは温かな日々や愛すべき人を見つけることが出来た。さっさと清算して自ら去るのはそのことへの感謝の気持ちだ。
戻って早々の再犯ということで、今度はもっと刑期が延びるらしい。もう終身刑でいいのだけど。
きっと時間の経ち方が違うから、地上に行ったとしてもとっくにお爺さまたちも、帝も居ないだろう。
それでも、不死の妙薬を使っていないのなら、彼らの魂は巡り、再び生を受けているに違いない。
「わたくしの居ない世界を嘆いてくださった、優しいあなた……あの時のお返事、何度生まれ変わろうと、待っていてくださるのでしょう?」
愛する地上へと落ちながら、柔らかな光の中での再会を願う。
きっとまたやってくる、愛しくも騒がしい二度目の異世界生活を思いながら、わたくしは涙の滲む目をそっと閉じた。