悪役令嬢だったので正直に王子に好みじゃないと伝えた結果
 雪が積もった庭で頭を打ったのをきっかけに、前世を思い出した。

「セレスティア・オルレス公爵令嬢……」

 私は寝ていた自室のベッドから起き上がり、今の自分の名前を口にした。それに続く「最悪」という()()は呑み込んで。
 サイドテーブルから手鏡を取り出し、覗き込む。
 (くし)()かす前から真っ直ぐな黒髪、ダスティーブルーの瞳。十三歳の時点で既に可愛いというよりも美人という表現が似合う美少女が鏡の中に見える。
 前世の私が死ぬ直前までプレイしていた乙女ゲームで、悪役令嬢として登場する少女だ。
 何が最悪って、その役どころ。
 婚約者の王太子アルバートが、まっっったく私の好みではないということ!

「好みでない男を取り合ったあげく、負けるってどんな罰ゲーム⁉」

 コア乙女ゲーマーを名乗るからには、全キャラクリアはしていた。
 推しと呼べるキャラはできなくとも、大体のキャラにそれぞれ魅力的なところを見つけることができていた。
 しかし、よりによって……そう、よりによってアルバートだけはトコトン私に合わなかった。

「悪役令嬢に付きものの断罪イベントもないから、対策の取りようもないっ」

 アルバートとセレスティアは、ごくごく普通に婚約解消することになる。婚約破棄ではなく、解消だ。しかもちゃんとアルバートが自分の責を認め、セレスティアに謝罪もする。
 そんな円満な婚約解消でよかったと、喜ぶべきだろうか。しかし、アレを今からされると思うと(ゆう)(うつ)にもなるというもの。
 その謝罪の場面でアルバートはセレスティアに、つらつらとヒロインに()かれた理由を語り出すのだ。乙女ゲームプレイ中のヒロイン側だったときでさえ、「これはない」と引いていた。
 人に寄れば、ヒロインへの熱く愛を語っていたシーンに見えたのかもしれない。けれど私にはアルバートが、「何故、セレスティアでは駄目だったのか」を本人にあけすけに言ってしまうお馬鹿さんにしか見えなかった。
 そしてこの場面こそが、「アルバートは合わない」と思った最大の理由だった。
 悪印象の方になるが印象的だったので、彼が語った内容は覚えている。
 要約すると、アルバートは優秀なセレスティアと比較されるのが嫌で、耳触りの良い言葉をくれる男爵令嬢ルルに惹かれたということだった。
 アルバートルートは、彼が主人公ルルの応援で成長して行くストーリーになっている。「ダメ男を私の手でイイ男にしてやるのよ」と意気込むプレイヤーには、刺さるキャラなんだろう。私は最初からスパダリ枠のキャラが好みなので、合わなかったのも当然だ。
 コンコンコン
 サイドテーブルに手鏡を仕舞ったタイミングで、不意に部屋の扉がノックされた。

「お嬢様、アルバート殿下がお見えです」
「えっ!」

 外からされたメイドの声掛けが三秒前でなくてよかったと思う。
 そうでなければ、手鏡を落としていただろうから。
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