悪役令嬢だったので正直に王子に好みじゃないと伝えた結果
私を見舞いに来た生アルバートを見て最初に思ったのは、見た目はさすがに攻略対象キャラだなということ。
長いプラチナブロンドの髪を一つに束ね、ペリドットのような新緑色の瞳は素直に素敵だ。セレスティアと同い年の十三歳だが、やはりセレスティアと同じく今から将来が楽しみな容姿をしている。
これでスパダリ設定だったなら、ヒロインに負けてなるものかという気にもなったかもしれない。
――例え、見舞いに持ってきた品が『主要都市と経済 最新版』という本であったとしても。
「アルバート殿下は、既に読まれましたか?」
「え、いや僕は……まだ」
「まだ」のところで目を逸らしたアルバートに、溜め息をつきかけて何とかそれを堪える。
案の定、アルバート自身はこれを読む気なんてさらさらないらしい。セレスティアがこういった本を好むから、単純にそんな理由でこれを見舞いの品として選んできたわけだ。
実際、この本に対して今すぐ読みたいレベルで心が躍っている。相手を喜ばせるプレゼントを贈るという点では、アルバートは才能があると思う。
でも今、わかった。乙女ゲームでのアルバートは、こうしたことを繰り返して自分で自分の首を絞めていたのだ。
私は手に持った『主要都市と経済 最新版』に目を落とし、それから目の前の椅子に座るアルバートに目を戻した。
多少劣等感が残っていても振り切れていなければ、例のドン引き語りを回避できるかもしれない。あんな自己否定な台詞は、アルバート自身にもよろしくない。
それならどうするか。
私は手にしていた本を、スッとアルバートに差し出した。
「殿下が先にお読みになって、私に要約を教えてくださいませ」
にっこり笑ってそう言えば、アルバートが「え」と驚いた顔で私を見てくる。
反射的に本を受け取ってしまった彼は、「失敗した」と思っていることだろう。これで今回はどうにか私が希望するとおり要約を教えることはしても、二度と私に本を贈ってくることはないに違いない。
「……セレスティアは、誰よりも色んなことに詳しくなりたいんじゃなかった?」
「え?」
アルバートの問いに、今度は私が驚く番だった。
台詞だけ聞けば、要約なんてごめんだから言い訳をしている……と取れなくもない。が、目の前のアルバートのこの表情は、どうにもそういうのとは違う。
本気で、「僕が君より先に詳しくなっていいの?」というお伺いを立てているようにしか見えない。
何故、彼がそんなことを気にするのか。
私は頭をフル回転させて、セレスティアの過去を思い返してみた。
『私は誰よりも色んなことに詳しくなってみせるわ!』
アルバートとの婚約が決まった八歳のとき、その足で王宮の図書室へと行った私が彼に言った言葉。
既に幼馴染みとしてよく遊んでいた彼は、いつもの遊び場とは違って図書室へと来た私に理由を尋ねた。そのときに私が彼に返した答だ。
「あれは……誰よりも色んなことに詳しくなって、一番に殿下のお役に立ちたいという意味でした」
当時の状況を思い浮かべながら、私はそのときの気持ちを述べた。
今でも異性としてという意味でなければ、アルバートのことは好きだ。
大事な幼馴染みだし、将来重責を負うことになる彼の助けになりたいという思いは変わらない。
その思いが行き過ぎて逆にアルバートの重荷になってしまったのが、乙女ゲームでのセレスティアだったのだろう。
「そういう意味……だったんだ」
「はい。ですから、私が努力したことで殿下が足りないと侮られては困ります。私自身、そんな婚約者なんて嫌です。殿下が先に、私が努力しても追いつけないレベルにまでなってくださいませ」
再び本に目を落としていたアルバートに、私は駄目押しとばかりに読書を勧めた。
これで彼は敵に塩ならぬ本を贈って、「私が努力しても追いつけないレベル」の程度を自ら底上げする真似なんてしないだろう。自分は勉強する気がないにしても、下手にその差を広げたくはないだろうから。
自己否定から来る残念な言い訳じゃなく、普通の惚気話なら甘んじて聞いてあげようではないか。たった一人の幼馴染みだもの。
そのときは、一体どんな甘々な惚気を聞かされるかしら?
そう私が、五年後にやって来る一場面に妄想を飛ばしかけたときだった。
「……確かに!」
アルバートが目から鱗が落ちたと言わんばかりに、叫びながら椅子から立ち上がったのは。
長いプラチナブロンドの髪を一つに束ね、ペリドットのような新緑色の瞳は素直に素敵だ。セレスティアと同い年の十三歳だが、やはりセレスティアと同じく今から将来が楽しみな容姿をしている。
これでスパダリ設定だったなら、ヒロインに負けてなるものかという気にもなったかもしれない。
――例え、見舞いに持ってきた品が『主要都市と経済 最新版』という本であったとしても。
「アルバート殿下は、既に読まれましたか?」
「え、いや僕は……まだ」
「まだ」のところで目を逸らしたアルバートに、溜め息をつきかけて何とかそれを堪える。
案の定、アルバート自身はこれを読む気なんてさらさらないらしい。セレスティアがこういった本を好むから、単純にそんな理由でこれを見舞いの品として選んできたわけだ。
実際、この本に対して今すぐ読みたいレベルで心が躍っている。相手を喜ばせるプレゼントを贈るという点では、アルバートは才能があると思う。
でも今、わかった。乙女ゲームでのアルバートは、こうしたことを繰り返して自分で自分の首を絞めていたのだ。
私は手に持った『主要都市と経済 最新版』に目を落とし、それから目の前の椅子に座るアルバートに目を戻した。
多少劣等感が残っていても振り切れていなければ、例のドン引き語りを回避できるかもしれない。あんな自己否定な台詞は、アルバート自身にもよろしくない。
それならどうするか。
私は手にしていた本を、スッとアルバートに差し出した。
「殿下が先にお読みになって、私に要約を教えてくださいませ」
にっこり笑ってそう言えば、アルバートが「え」と驚いた顔で私を見てくる。
反射的に本を受け取ってしまった彼は、「失敗した」と思っていることだろう。これで今回はどうにか私が希望するとおり要約を教えることはしても、二度と私に本を贈ってくることはないに違いない。
「……セレスティアは、誰よりも色んなことに詳しくなりたいんじゃなかった?」
「え?」
アルバートの問いに、今度は私が驚く番だった。
台詞だけ聞けば、要約なんてごめんだから言い訳をしている……と取れなくもない。が、目の前のアルバートのこの表情は、どうにもそういうのとは違う。
本気で、「僕が君より先に詳しくなっていいの?」というお伺いを立てているようにしか見えない。
何故、彼がそんなことを気にするのか。
私は頭をフル回転させて、セレスティアの過去を思い返してみた。
『私は誰よりも色んなことに詳しくなってみせるわ!』
アルバートとの婚約が決まった八歳のとき、その足で王宮の図書室へと行った私が彼に言った言葉。
既に幼馴染みとしてよく遊んでいた彼は、いつもの遊び場とは違って図書室へと来た私に理由を尋ねた。そのときに私が彼に返した答だ。
「あれは……誰よりも色んなことに詳しくなって、一番に殿下のお役に立ちたいという意味でした」
当時の状況を思い浮かべながら、私はそのときの気持ちを述べた。
今でも異性としてという意味でなければ、アルバートのことは好きだ。
大事な幼馴染みだし、将来重責を負うことになる彼の助けになりたいという思いは変わらない。
その思いが行き過ぎて逆にアルバートの重荷になってしまったのが、乙女ゲームでのセレスティアだったのだろう。
「そういう意味……だったんだ」
「はい。ですから、私が努力したことで殿下が足りないと侮られては困ります。私自身、そんな婚約者なんて嫌です。殿下が先に、私が努力しても追いつけないレベルにまでなってくださいませ」
再び本に目を落としていたアルバートに、私は駄目押しとばかりに読書を勧めた。
これで彼は敵に塩ならぬ本を贈って、「私が努力しても追いつけないレベル」の程度を自ら底上げする真似なんてしないだろう。自分は勉強する気がないにしても、下手にその差を広げたくはないだろうから。
自己否定から来る残念な言い訳じゃなく、普通の惚気話なら甘んじて聞いてあげようではないか。たった一人の幼馴染みだもの。
そのときは、一体どんな甘々な惚気を聞かされるかしら?
そう私が、五年後にやって来る一場面に妄想を飛ばしかけたときだった。
「……確かに!」
アルバートが目から鱗が落ちたと言わんばかりに、叫びながら椅子から立ち上がったのは。