悪役令嬢だったので正直に王子に好みじゃないと伝えた結果
学園に入学して早三年――私が悪役令嬢になることはなく、卒業式は平和なまま終わった。
というより、肝心のヒロインであるルルが進級試験に落ちて学園を中退したのだ。
そうなった原因は……わからないでもない。
昨年、予定通り編入してきたルルとアルバートは再会した。
『やぁ、久しぶり。こちらは僕の妻のセレスティアだ』
『無いわー……』
あの反応、口調。ルルはおそらく私と同じ転生者だったのだろう。そしてその後の顛末からして、アルバート狙いだったのだろう。
通い慣れた王宮の図書室に今日も来ていた私は、定位置となった席に座った。
その左隣の席には、やはり定位置となっているアルバートが先に座っていた。
「どうしたの? 難しい顔して」
「やる気って人生を左右する要素だなと……しみじみ思ってました」
片肘をついて尋ねてきたアルバートに、つい借りてしまった『やる気とは何か ~どこから来るのか~』の本を広げながら答える。
五年前から恐れていた乙女ゲームのヒロインを撃退したのは、ルルの『やる気(マイナス)』だった。
ヒロインですら太刀打ちできない『やる気』。人生どころか世界すら左右している。
「……確かに」
アルバートからも、しみじみといった口調でいつもの台詞が来た。
「僕が今こうして君の横にいられるのは、五年前にやる気を出せたからに他ならない」
「え?」
完全にルルのことだけを思い浮かべていた私は、意外な話の流れに思わず彼を振り返った。
どこか遠い場所を見つめるアルバートの横顔が目に入る。
「あのとき君に聞くまで、僕は誤解していたんだ。君が勉強をするのは僕に才能がないから口出しするなと、何でもできる君が必要とするのは僕の婚約者という肩書きだけなんだと、暗に言われている気がしていた。そう思い込んで、僕は勝手に卑屈になっていた。だけど……違った」
居住まいを正したアルバートが私を振り返る。
彼を見つめたままだった私と、自然と目が合う。
「セレスティア。君が努力するのは、僕のためだった。君が僕のために努力するというなら、そんな君のために僕も努力するのは当然だ。君の言葉はもっともだと思った」
「あ……」
アルバートが私の左手を取り、その指先に口づける。
ほんの少し触れただけのそれがどうしてか強い刺激に感じられて、私の口から思わず小さな声が漏れた。
「僕は君に嫌だなんて言われない婚約者に――まあもう夫なんだけど、なれたかな?」
言葉こそ疑問形だけれど、私の答はもうわかっているのだろう。手から再び私の目に視線を移したアルバートが、熱を孕んだ眼差しを向けてくる。
そして私たちの唇は重な――
「「あ」」
――る前に、秒で離れた。代わりに声は重なった。
ついでに、とある一点に顔を向けるタイミングも重なった。
「あらあらあら」
とある一点――いい笑顔の皇后陛下とバッチリ目が合う。
合ったにもかかわらず、陛下はそのままスッと音も立てずに図書室から出て行った。
図書室に相応しい、しかし私たちには気まずい静寂が広がる。
「……明日、皇后陛下とお茶会があるんです。孫はまだかと聞かれたらどうしましょう?」
沈黙に耐えきれず、私は苦笑いでアルバートに戯けてみせた。またいつものように「確かに」と笑い返してくれると期待して。
しかし予想に反して、振り返って見た彼の顔は耳まで真っ赤で。こちらを向いてはいるけれど、その顔の大半は彼自身の手で覆われていて。
「それは……もう少し君を独占させて?」
「⁉」
アルバートの目が隠されたままでよかった。
今私は、絶対に彼に負けないほどの赤い顔をしていただろうから。
―END―
というより、肝心のヒロインであるルルが進級試験に落ちて学園を中退したのだ。
そうなった原因は……わからないでもない。
昨年、予定通り編入してきたルルとアルバートは再会した。
『やぁ、久しぶり。こちらは僕の妻のセレスティアだ』
『無いわー……』
あの反応、口調。ルルはおそらく私と同じ転生者だったのだろう。そしてその後の顛末からして、アルバート狙いだったのだろう。
通い慣れた王宮の図書室に今日も来ていた私は、定位置となった席に座った。
その左隣の席には、やはり定位置となっているアルバートが先に座っていた。
「どうしたの? 難しい顔して」
「やる気って人生を左右する要素だなと……しみじみ思ってました」
片肘をついて尋ねてきたアルバートに、つい借りてしまった『やる気とは何か ~どこから来るのか~』の本を広げながら答える。
五年前から恐れていた乙女ゲームのヒロインを撃退したのは、ルルの『やる気(マイナス)』だった。
ヒロインですら太刀打ちできない『やる気』。人生どころか世界すら左右している。
「……確かに」
アルバートからも、しみじみといった口調でいつもの台詞が来た。
「僕が今こうして君の横にいられるのは、五年前にやる気を出せたからに他ならない」
「え?」
完全にルルのことだけを思い浮かべていた私は、意外な話の流れに思わず彼を振り返った。
どこか遠い場所を見つめるアルバートの横顔が目に入る。
「あのとき君に聞くまで、僕は誤解していたんだ。君が勉強をするのは僕に才能がないから口出しするなと、何でもできる君が必要とするのは僕の婚約者という肩書きだけなんだと、暗に言われている気がしていた。そう思い込んで、僕は勝手に卑屈になっていた。だけど……違った」
居住まいを正したアルバートが私を振り返る。
彼を見つめたままだった私と、自然と目が合う。
「セレスティア。君が努力するのは、僕のためだった。君が僕のために努力するというなら、そんな君のために僕も努力するのは当然だ。君の言葉はもっともだと思った」
「あ……」
アルバートが私の左手を取り、その指先に口づける。
ほんの少し触れただけのそれがどうしてか強い刺激に感じられて、私の口から思わず小さな声が漏れた。
「僕は君に嫌だなんて言われない婚約者に――まあもう夫なんだけど、なれたかな?」
言葉こそ疑問形だけれど、私の答はもうわかっているのだろう。手から再び私の目に視線を移したアルバートが、熱を孕んだ眼差しを向けてくる。
そして私たちの唇は重な――
「「あ」」
――る前に、秒で離れた。代わりに声は重なった。
ついでに、とある一点に顔を向けるタイミングも重なった。
「あらあらあら」
とある一点――いい笑顔の皇后陛下とバッチリ目が合う。
合ったにもかかわらず、陛下はそのままスッと音も立てずに図書室から出て行った。
図書室に相応しい、しかし私たちには気まずい静寂が広がる。
「……明日、皇后陛下とお茶会があるんです。孫はまだかと聞かれたらどうしましょう?」
沈黙に耐えきれず、私は苦笑いでアルバートに戯けてみせた。またいつものように「確かに」と笑い返してくれると期待して。
しかし予想に反して、振り返って見た彼の顔は耳まで真っ赤で。こちらを向いてはいるけれど、その顔の大半は彼自身の手で覆われていて。
「それは……もう少し君を独占させて?」
「⁉」
アルバートの目が隠されたままでよかった。
今私は、絶対に彼に負けないほどの赤い顔をしていただろうから。
―END―