たまさか猫日和
 出産祝いの御返しを持たされて、家路についた。カタログギフトだけど、けっこう重い。この『御祝いの半返し制度』なんとかならないもんか?だったら、最初から半額包んで「御返しは要らないよ」ってことにすれば良かった。

「あい、すみません」
の声で我に返った。

「あらら、カワイイ。どうしたどうした?」
いつの間にやら現れた、しなやかそうな体つきの三毛猫が、私を見上げている。
しゃがみ込んで目線を合わせると、少し躊躇して身を翻そうとしたが、やはり思い直したように、再び私に向き直った。

「子づくりしたいんですけど、どうしたらいいですか?」

ブッッッッ!!

「な、何でまた?」
「たぶんなんですけど、今度手術するっぽいです」
「手術って?」
「ママがアオイに言ってたんです。『赤ちゃんが出来ないようにするんだよ』って」

健康的で艷やかな毛並み。一歳くらいか?
避妊手術には充分な年齢だ。

これは困った。
首輪はしていないが、顔つきや語彙力からして飼い猫だ。飼い猫に避妊手術や去勢手術をするのは、飼い主の務めである。

猫は性交を自分ではコントロールできない。室内飼いでも一度も脱走したことがない猫はまれである。この子が良い例だ。発情期は確実に来るし、避妊や去勢しなければ一生欲求不満のストレスの中で生き続けなければならない。

産まれた子猫を全て飼うことはできないし、里親会は常に行き場のない犬猫で満員御礼なのだから、家族を増やしたいのなら、そこでお見合いすべきである。

「子供が欲しいの?」
「可愛いと思うんです。自分の子供だったら、ぜったい」

もう発情期がきていると見て間違いない。
しかし、人間の立場で「じゃあ、一緒に探そっか♡」とは言えない。
飼い主さんも心配しているだろう。
でも無邪気に子供が欲しい言っているのを見ると、捕まえて引き渡すのが酷いことのように思えた。

「ごめんね」
涙が出た。
「本当にごめん。私はそのお手伝いができないよ。あなたは幸せなんだよ。ラッキーなの。子供はね、みんな可愛い。それでも一年にたくさんの子供が、あなたと同じくらいの歳の子が、年寄りだって、殺されているんだよ」

三毛猫は、不思議そうに私を見た。
「何でですか?」
「人間が快適に暮らしていくためだよ。ただそれだけ。でもごめん。そうじゃないと、あなた方も暮らして行けなくなるんだよ。たぶん、あなたも飼い主さんがいなくなったら、3年生きられないよ。でも、そういう問題じゃないよね。本当に、ごめん」

 涙が止まらなくなった。人に見られたら、どうしよう。でも止まらなかった。
気がつくと、三毛猫は一生懸命に私に体を擦り付けていた。私は一生懸命に、三毛猫を撫でた。

 「飼い主さんが居なくなるって聞いたら、怖くなっちゃった。自分が死ぬことより、ママが居なくなることのほうが怖い」
「本当にごめんね・・・」
「ママも悲しそうなの。私を見て『ごめんね』って。でも『幸せにするからね』って」

三毛猫は、顔を上げた。

「家に帰る」
「家の場所、分かる?」
「・・・ワカンナイ!」

あらま。

どこからか、オーーーーーイッという声が聞こえてくる。

「ママー!」と三毛猫が答える。

「アーニャーッ!」という子供の声も聞こえる。

昔は「アラレ」、今は「アーニャ」
時代を感じるなぁと思った。
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