たまさか猫日和

ギャル猫

『グェントリアン』は、私の働くアパレルブランドの名称だ。

ベトナム人デザイナーが立ち上げたブランドで、大学時代の私の心を掴み、そのまま就職してしまった。

二年前。悲しいことに、そのデザイナーは唐突にブランドを日本企業へ売却し、パリへ移住してしまった。今は完全に日本企画となっている。もはやベトナムの面影はない。

「それでぇ、そのカレシが歌うって言うから楽しみにしてたの。そしたら、チョーーーーーーーニッタニッタしながら歌い始めてー」
「萎えたんだ?」
「ガッカリ。もう会わない。あの顔見たら、どう好きだったのかもう思い出せない」

キャリーケースの中で、つまらなそうに目をしばたかせているのは、ミヌエットという血統書付きの猫ちゃんだ。
名前は『レイラ』麗しき見た目のメス猫だが、中身は完全なるギャルである。それを今日知った。

レイラの飼い主は、店長が接客中だ。今も試着室で全身コーディネートに勤しんでいる。月に2〜3度は来店され、購入点数も多い。本当はペットを持ち込んではいけないのだが、売り上げ欲しさに、こっそりうちのお店で預かっている。

「家で留守番しないの?」
と、前から気になっていたことを聞いてみた。

「しない。まぁ行くんならイイかなって感じ」
「そうなんだ?」
「カワイそだし、あの人が」
「え、あの人?」
「マジでカワイソー」

どうやら飼い主である門田(もんでん)様のことを言っているらしい。
門田様は六十代くらい。マダムと呼ぶに相応しい風貌で、季節を問わず、全身黒のコーディネートで、「むしろ何が入るんですか?」というくらい小さなクロコバッグを手に、渋谷区のご自宅からタクシーでここまで来られると言う。
銀座ではリードをつけたレイラちゃんとカフェテラスで過ごした後、この百貨店に寄るそうだ。

「最近は11月になっても暑いでしょう?こちらの服が本当に着やすいのよ」
「ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです」
「散歩するのにちょうど良いの」

なんのイヤミもなく、そう言ってはくださるが、うちの店は半袖ブラウスが平気で五万する店である。でも売れる。フツーに。

「可哀想かねぇ…」
「カワイそーじゃん。こんなツマンナイとこでさ、時間つぶしてさ」

猫にはそういう風に見えるらしい。
< 19 / 56 >

この作品をシェア

pagetop