たまさか猫日和
数週間後のことだった。

九月に入って秋物も出揃い、それでもまだまだ残暑は厳しくて、繁忙期はまだまだ先になりそうな、そんな日だった。

私は飯田橋の本社で研修を受け、歩いて十分ほどの母校へ向かった。時刻は17時。ちょっと早いけど、学食で夜ご飯を食べようかと思ったのだ。

「あ、おねぇさんだ!」
の声で我に返った。

「へ?」
この声、聞いたことがある。
周囲を見渡すと、まさに今タクシーから門田様と見慣れたキャリーケースが降りてくるところだった。

「あっ!」
と思わず上げた声に、門田様も気がついた。

「あら」

初めて見た。うちの洋服を着てくれている。

「素敵!お召になっていただいてるんですね!」

それは、いつものキメキメに決めた黒い服装ではなく、淡いライラック色のオーガンジーブラウスだった。

「初めて拝見しました。黒以外をお召になっているところ」
「今日はね、自分で決めた特別な日なの」

わぁわぁわぁ!店長にも見せたい!
しかし、不躾にカメラを向けられるような相手ではない。

「お仕事帰りなの?」
「はい…そこ、私の母校なんです。学食へ行こうかと思いまして」
「まぁ。そうなの。あそこは兄の学校でもあるのよ」
「え、そうなんですか!」
「理事をしていたの」
「り、理事を…左様でございましたか」

突然、レイラちゃんが声を上げた。
「一緒に行って!」

は、はああ??ど、どこに!?

「一緒に行って!一緒に行くって言ってよ!」

まさか、学食じゃないでしょ?ねぇ?嘘だよね?
無理だから!!

「あらまあ」

レイラちゃんが、大騒ぎしながらキャリーケースをガリガリ掻き出した。

「どうしたの、レイラ?」
「ど、どうしたのでしょう?」

どうしたものでしょう!?

「暑いのかしら?」
「あ、暑い…さ、さようですね~」
「一緒に!一緒に!一緒に行くって言ってー!!」

ひぃぃぃぃぃ!!
なんだかアタマが混乱してきて、口に出した。

「一緒に行きます!!」
「え?」
「一緒に…」

変な間が開いた。
汗がブワッと吹き出す。もちろん、暑いからじゃない。

「あ、あのお…」
「いらっしゃる?すぐそこだけど…」

門田さまが、目の前のビルを指さした。
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