たまさか猫日和
オバチャンが会計して出てゆくのを力なく手を振って見送った。

「何すんの?」

という声で振り返る。

「何にしようかな・・・」

振り返った先にいるのは、幼なじみの同級生である海星(かいせい)だ。この店の店主である。

昔はなかなかのキラキラネームだと思ったが、これまた時代のせいか今ではフツーだろう。歳は取るものだ。

と言っても、三十歳だが。

海星は、カウンターの上の物を片付けながら言った。

「働き過ぎなんだよ、バカだなぁ」
「そうなの。バカになっちゃったみたいなの」
「今日、欠勤?」
「…さようです」
「長期休暇取れよ」
「取ったらもう仕事復帰できない」
「なんつー不器用さ」

海星はテーブルを拭き終わると、
「ホットサンドで良いだろ?」
と言いながら、キッチンに消えて行った。

私は迷うけれども大体いつもホットサンドに落ち着くからだ。

渚ちゃんが戻ってきて、キッチンから熱々のコーヒーを運んでくれた。これも私が、冬でも夏でもホットしか頼まないからだ。

「今日、大学休み?」

ラッシュが終わったばかりというのに、生気に満ち溢れている渚ちゃんを見た。

「午後からちょっと行く」
「いいね、若いもんは」
「ヤダッ。智美ちゃん、人生諦めないで!」
「もう無理だよ…三十路なんて、もう終わったようなもんだよ…」

挙句の果てに、幻聴が聞こえるなんて。どんな魔法使いっぷりなのか。しかも猫の!猫じゃヴァージンラブできないだろう!?

「ワタシ、もういいの。老後はボロアパート買って独りで暮らすから。それで猫を・・・」

いや、猫とはしばらく距離を置きたい。

「ネズミと煎餅を分け合いつつ暮らしたい」
「コワッ!」

現役女子大生には、刺激が強かったらしい。寒々とした様子で、キッチンへ逃げ帰ってゆく。
そうだよね、もっと夢を語らないと。
申し訳ない。

それにしても、あのヨチヨチ歩きだった渚ちゃんが、ミルクを上げたこともある渚ちゃんが、もう大学生か・・・本当に歳を取るのも当たり前だ。

「オマエは、そういうこと言うなよなぁ」
海星がホットサンド片手に、呆れ顔でやってきた。

「オトコ紹介する気なくすだろ?」
「紹介しないでよ。プレッシャーだから」
「仕事しか楽しみがないくせに、それで疲れ切ってるって、歳だろ、歳!」
「分かってるよッ」

海星には、今まで三人ほど紹介してもらった。みんな良い人だった。だけど、こうやって話している距離をもっと縮めたい!もっと近づきたい!と、思うような人はいなかった。

猫はいい。
近づきたくなければ、決して来ない。
でも心を許してくれると、走り寄って体を擦り寄せてくれる。

何なの?可愛すぎる。
さすが、ネズミ捕りと可愛さだけで歴史の荒波を超えてきただけのことはある。

本当の意味で、猫みたいな人はいない。
私も猫にはなれない。

にゃーん。
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