たまさか猫日和
帰り道、また猫を見かけた。
路地の向こうに三匹・・・いや5匹いる。どうやら日向ぼっこしているらしい。

ブッサイク顔の一匹が毛づくろいしながら歌ってる。

「ドドスココイ、ドドスココイ」
「コイツ、意味わかんねーな。寝てるんだから、静かにしてくんねーかな」
「ご主人フリンだ、ドドスココイ、ママにバレてる、ドドスココイ、今日はシュラバだ、ドドスココイ」

え・・・

なにそれウソ!

ドドスコ猫は、飼い猫だ。
あのお掃除オバサンの家で飼われている。

前に、道端で会った時に、
「あのデブでブサイク!うちの猫なんだよね~。でも飼ってると可愛いんだよ。デブでブサイクで!」
と自慢していたのだ。

「オバさん・・・息子さん、不倫してるってよ・・・!」

「今、なんて言った?」

ヒィッ!と体を縮ませて、恐る恐る振り返った。

海星が眉をひそめて立っていた。

手に演劇公演のフライヤーが握られている。役者をやっている同級生が所属している劇団のものだ。これを渡そうと、追いかけて来たのだろう。

「っっっここれは、その」
「オマエ、なに?不倫してんの?」
「そ、そんなまさか!私のハナシじゃないよ!」

しかし、海星の目はまったく揺るがなかった。

「不倫する奴なんて、サイテーだからな。人間のクズだから」
「してないって!」

海星の目の色が変わるのには理由がある。
実は、お父さんが、前マスターが、客と駆け落ちしているのだ。

その時、海星は中学三年生。渚ちゃんはまだ三歳だった。

反抗期だった海星はともかく、渚ちゃんの可愛さは猫に勝るとも劣らない時期だった。
それなのに、何故にマスターがそんな暴挙にでたのか分からない。
No Reasonとか言ってる場合か。

海星のママもショックで、激ヤセした。でも本人は「悔しくてダイエットした」と言っていたけれど。

その後は、自分がマスターとなり、あの店を切り盛りしていたが、5年前にガンで亡くなったのだった。

海星は号泣する渚ちゃんを励まし、喪主を立派に務めた。

お悔やみを言う参列者に、淡々と答える声が耳に残っている。

「妹はまだ学生なんで。大学まで行かせないと」

海星は時間が不規則な輸入コンテナを管理する仕事を辞め、喫茶店を継いだ。

私があの店に足繁く通うようになったのは、葬儀で見た海星があまりにも痛々しかったという理由もあるのだ。

「じゃあ不倫ってなんだよ?」

もはやデスボイスかというくらい低い声。

「あ、あの掃除のオバサン」
「は?福原さんがナニ?」
「家どこだっけ!?」
< 4 / 56 >

この作品をシェア

pagetop