たまさか猫日和

宝町までは、二十分ほどあるが全く冷静になれないまま、ノブスエという地元民しか知らないスーパーへ着いた。

忙しい時間帯は終わっているようで、もう野菜はほとんどなく、お客さんもいなかった。明らかにパートさんと思われる店員がいるだけだった。

呼吸を整えるため、大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
「店長さん、よんでください」
と、声を掛ける。
店員はクレームとでも思ったのか、困惑した様子で裏へ消えていった。

「お待たせいたしました…なにか?」
四十代くらいの体格のいい男性がやって来た。頬に青白いヒゲの剃り跡が目立つ、両生類に近い顔つきのオトコだ。

「わたし、この人の知り合いなんですけど、この人のこと『障害者、障害者』っバカにしてるって本当ですか?」
「そういうことは…」

店長は、後ろに立つ花柄さんをギョロッと見た。

「言ってはいますけど、バカにしてとか、そういう意味では…」
その言い方が、もうバカにしている態度だった。

「障害者が何だって言うんですか?障害者はみんな物を盗むんですか?」
「盗んだとは、言っていません。『知らないですか?』と聞いただけです」
「全員に聞いたんですか?この店の従業員、全員に?」
「いや、それはシフトもありますから、全員にというわけではないです」
「今日、聞いたんですよね?」
「そうです」

私は近くにいる店員に、聞いた。
「なんか物がないらしいけど、店長さんに何かを聞かれましたか?」
「あ、あの〜私は忙しかったもので、聞かれたっていうか…」
「聞いてないじゃない」

店長、賢しらな顔をして、ヤレヤレとでも言うように腕を組んだ。

「それは、あなたに関係のない話ですよね?あなたがこの人の話だけ鵜呑みにして、こちら側の立場も知らずにしている話ですよね?」
「そちらの立場なんかもちろん知りません。私はこの人の立場から言っているです。鮮魚部門に移れない理由は?障害者、障害者って連呼していい理由は?あなた自身が障害者ではないという理由は?」
「俺は障害者なんかじゃない!バカにするな!人権侵害だぞ!」

本性現した。
フンッと鼻で笑ってやった。

「全部知ってますよ。一年前、クビになる寸前だったこととか」

店長は一瞬笑ったが、すぐに顔を引きつらせた。

「アルバイトの子にセクハラしてましたよね?被害者の父親が乗り込んで来たんですって?オーナーに次問題起こしたら解雇だって言われませんでした?」

あっけに取られた顔で、なにか言いたげに口を開いている。
私は続けて言った。

「アンタ、下町の情報網なめんじゃないよ。亀有にマンション買って?奥さんも子供も居て?セクハラとイジメでクビ?子供の小学校も奥さんが働いてる保育園もバレてるこの街で?へえええええええ⤴」

店長の顔がみるみる白くなってゆく。

「あ、あの、裏で話しましょうよ、そういうことは」
「奥さんの父親が頭金を全額出してくれた、ご自慢のマンションは『グリーンパレスタワー亀有一番館』だったら当然、小学校は第二小、奥さんが管理栄養士を…」

店長が私の腕を掴んだ。
「裏に!裏で話し合いましょう!」
「話し合いに来たんじゃない!」

手を振り払い、話についていけていなさそうな花柄さんを前へ押しやった。

「この人を今後どうするのかって聞いてるの」
「あ、あの、そー・・・ですね。今後は、ハイ、関係性を、いや、関係性じゃないな…接し方について気をつけてですね、誤解のないように…」
「誤解じゃないと思うから来たんだけど?」
「あっ、そ、その、あの、本当にすみませんでした。鮮魚部門も空きが出たら移っていいから」

私はキッと花柄さんを見た。
「どーすんの!?言いたいことは自分で言って!
「あの、障害者だがらっで、差別じだいでぐだざい」

店長が大量の汗を掻きながら、ペコペコと頭を下げる。

「紙に書いでぐだざい」
「紙?」
「鮮魚部門に移っでもいいっで、紙に書いでぐだざい」

店長は慌てた様子で、裏へと入って行った。

大きく息をついた。
「言えたじゃん」
「紙に書いでもらいださいっで、相談員さんに言われだがら」
「そう」

何とかなりそうだな。
まぁ未だに、花柄さんの名前も知らないけどネ!
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