たまさか猫日和
この辺りの道は、どこも狭い。その上、あっちもこっちも一方通行ばかり。それを覚えるのは、本当に大変だったらしい。

「しかもクネクネしてるじゃないですか。今の時間は良いんですけど、学校が終わると今度は子供がね〜『お兄さん、そこに入ったらアウトだよ!』とか独自ルールのゲームに巻き込むし、本当に大変なんすよ」

自分にも覚えがある。家の前の道路は、基本子供部屋だと思っているのが、ここいらの小学生なのだ。

「テンちゃんのことなんだけど」
「テンちゃんさんですね。ああ、ハイ。金町で拾ったんですけど」
「金町で拾った…はい」
「金町で拾って、それで何かこっちの方かな~って感じで。あ、ちょっと待ってください。先に出ますかあ!?出ますー!?あ、じゃあ、こっち避けますー!」

車も進まないが、話も進まない。

「あ~あ。また来ちゃったよ…」
「それで、なんでうちにテンちゃんを置いていったんですか?」
「てっきり、お宅の飼い猫だと思ったので。あそこでニャーニャー言うもんで」
「テンちゃんが?」
「そうです」

私は目を糸のように細くして、お兄さんを見た。
ドライバー証明書には、「片桐郁人」とあった。

「片桐さん…喋れるんですか…」

片桐さんはギョッとした顔で、私を見た。

「しゃ、しゃべれる、ます」

後ろから早く行けのクラクションが鳴らされる。
片桐さんは、放心したまま車を発進させた。

「なんで分かるんですか?」
「私も喋れたんです」
「え!そうなんですか!?」
「今は無理なんですけど」
「えー、聴こえなくなったりもするんですねぇ…」

つまり、片桐さんが経験ナシであることは、考えない考えない。

「どこまでイケました?」
と片桐さんが聞いてきた。

「どこまでって?」
「だから、猫以外だとどこまで話せました?」
「え…」

猫以外と話す?そんなこと考えたこともなかった。

「ジブンは色々試したんすよ。上野動物園も行きましたし、東武動物園も行きました。レッサーパンダまでなら、ぜんぜんイケましたね」
「レッサーパンダ…」
「でもミナミコアリクイはムリでした。綴りが違うんですね、きっと」

綴りってなんだろうか?
そんなに喋れるなんて、なんか損した気分だ。
ちなみに、片桐さんはどことなくサルっぽい。

「レッサーは、なんて?」
「飼育員が変わったら、なんかクサイって言ってましたね。風呂入ってないんじゃないかって」
「そんなことを…」
「葛飾の猫はみんな懐っこいけど、口は悪いですね!」
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