たまさか猫日和
福原さんという名前は知らなかったけれど、家のある場所は何度か説明されたことがある。
でも迷路のように入り組んだ下町で、目印もないし、説明されてもよく分からないでいた。

歩いて5分ほどで、築二十五年といった感じの家に着いた。下町らしく、狭くてギュッとした二階屋だ。

「ここだよ」
「じゃ、じゃあ、ありがと。お店も忙しいことでしょうし・・・」

そんなことはない。今は一番ヒマな時間だ。
焦る私に、海星はうろんな者を見る目を向けている。

「なにを隠してるんだよ?」
「か、隠してる?ハテ?この部屋着のまま、素顔のままのワタクシが、なにか隠してるように見えますかね?」
「なんか今日はオカシイと思ったんだ」

お目々が怖すぎる〜。

私はそうっと視線を外し、インターフォンを鳴らした。

「はーい」
聞き慣れたオバサンの声がした。

「眠いところ、ごめんなさい。私です。いつもNo Reasonでお話している」
「ええ?」

ややあって、玄関ドアが開いた。
オバサンは呆気にとられたような顔をして私たちを見た。

ここにきて、ようやく自分の間抜け加減に気がついた。

猫の言う事なんか話して、どうなるっていうんだ?

この家がどうなろうと、私ゃ知ったこっちゃない。
でも、オバさんの口調からなんか感じるんだ。
嫁さんが、いい人だって。

だから・・・
だから何さ、アタシってば!
どうするの?世間話でもして帰るの?

「ブイブイブイ、インバーター。忘れちゃダメダメ、インバーター」

猫がもう一匹いる!またブス可愛いな!エキゾチックのMIXか?
なんでこの家の猫は、変な歌歌うのか!

「ね、ねこが歌ってるー・・・ははは」

思わず口に出してしまった私に、オバサンは顔をほころばせた。

「嫁さんが歌が好きでね、年中歌ってるからさ」

その表情には、嫁さんに対する信頼と感謝に溢れていた。
私は心を決めた。

「今、家にお嫁さんは居ますか?」
「ううん、仕事行っちゃったよ」
「あ、あの息子さんが、あの、浮気してるみたいです。そ、それでお嫁さんは気がついてて、それでシュラバがきます」

しーーーーん

「シュラバだシュラバだ、シュラシュシュシュー、別れてやろうか、限界だ」

「わ、別れるって!」

「やっぱりね・・・」

オバサンはゆっくりと答えた。

「教えてくれてありがとう」

「あ・・・ああ、いえ」

「冗談じゃないよ。オンナを馬鹿にしやがって。別れたって、出ていくのは息子の方だ。アタシのカネは、一切渡さないからね」


遠くから、

「ボンテンボンテン、ボボボンテン、デブデブ、ブスブス、カワイイネ」

という歌が聞こえてきた。

デブス猫が帰って来たらしかった。

猫よ、今すぐ歌っておくれ。
海星にどう説明すべきかを。
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