たまさか猫日和
店の中に入った途端、壁際まで追い詰められた。

「なんで連絡してこないんだよ?」

怒ってる…
電気ぐらいつけようよ…

「れんらく、ごめん、あの繁忙期で…」

しかし、魔王は私に影を落としたまま、少しも揺らがない。

「返信くらいできるだろ」
「へんしん?」

慌ててバッグを探り端末を出そうとした。その手をねじり上げられる。
痛くはないが、猟奇的にもほどがある。暗くてどこを見ているか分からない。
沈黙が怖い。何か言わねば。

「今日は、あの、彼のぉ、かかっ彼って言うか、片桐さんのライブで聞こえなかったかな?」

どうだったかな???
完全に見てなかった。いつも注意されてるのに。これ親にもよく怒られるんだ。

マナーモードのまま、昼休憩で見る→途中で寝る。

→退勤後、電車の中で見ようと思う。

→電車で寝る→家に帰る→気づく(今ココ)

「こっちは体が大丈夫か心配してんのに」
「ダイジョウブ、だいじょうぶ。もうぜんぜん。ね」

腕が離され、海星の手が私のコートのファスナーを下ろしていく。
意味が分からず、されるがままにされていると、海星が首筋に近づいてくる。思わず体を固くすると、ふと動作が止まり一段と低い声が聴こえた。

「なんでライブ行くのに、一番いい服着てんの?」
「な、なに?」
「これ勝負服だろ」
「お、おぼえてないけど、そんなこと言ったかな?」
「ああ、じゃあ無意識?」

ハナシがどんどん行先の分からないミステリートレインと化してゆく。

「勝負服にも色々な種類があるよ。今日行ったのは一つ星のレストランだったから、それはそれなりの恰好を…」
「へーえ。俺が散々心配してる時に、お前はクリスマスディナーか」
「違う違うッ!そうじゃないって!」
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