シロツメクサの優しい約束〜いつか君を迎えに行くよ〜
決定打は彼の背後から、シャンプーかボディーソープの香りがふっと漂ってきたことだった。甘ったるい女の声がした。

「ねぇ、憲一くぅん、ドライヤー動かないんだけどさぁ」

はっとしたように、憲一は自分の背後を振り返る。

「憲一君、どういうこと?」

「え、あの、これは……」

目を泳がせる彼の表情から、ついさっきまで、私の知らない女の人と、そういうことをしていたのだと悟った。

「さよなら」

私はくるりと背を向けた。

しかしそんな私を引き留めようとしてか、憲一はガチャガチャと慌ただしくドアチェーンを外して追いかけてきた。私の腕を捉えて言う。

「みちえ、待ってくれよ」

「いやよ。私、そういうの、無理。浮気とか許せないから」

「なんだよ。仕方ないだろ。みちえがやらせてくれないから……」

「何よ、私のせいにしないで!」

「だってそうじゃん!あの後ずっと我慢して待ってたけど、結局いつもそういう雰囲気になるの、避けてたじゃんか。それとも何?とうとうそういう気持ちになったってわけ?」

「そ、そうじゃなくて……。つ、付き合ってたら、必ずそういうことしないといけないわけ?」

「必ずとか、そういうんじゃないけど、でも、好きならしたいって思うだろ。……あぁ、そうか。みちえは本当は俺のこと、そこまで好きじゃなかったんだな」」

「付き合ってたら、必ずそういうことしないといけないわけ?」

「そうじゃないけど、でも、好きならしたいって思うだろ。……あぁ、そうか。みちえは本当は俺のこと、そこまで好きじゃなかったんだな」

「そんなことない」

そう答えながら、こんな修羅場だというのに思わず自問自答してしまう。

本当に――?

すると、憲一の部屋のドアから見知らぬ女がちらと顔を見せた。髪が濡れていた。

「憲一君、誰?友達?」

憲一は私の腕を離して、肩越しにその女に言った。

「部屋入ってて。みちえ、とにかく後でちゃんと話そう。電話するから」

「私には話すことなんて何もない。だから、さよなら」

私は低い声でそう言うと、ばたばたと憲一の前から走り去った。

憲一と会ったのも、話をしたのも、その日が最後だった。私は彼との接触をずっと避け続けていた。
< 33 / 41 >

この作品をシェア

pagetop