朝、夜、劣情。
 教室に置いていた荷物を取りたかったらしいクラスメートの男子が、素早く自分の持ち物を手にして逃げるように教室を出て行く慌ただしい音が響いた。その男子の足音が徐々に離れ、聞こえなくなると、空気が専ら悪くなるのを肌で感じた。重苦しい沈黙の中、自分の口から漏れ出る吐息がやけに大きく聞こえ、舞緒は自然と呼吸に気を遣っていた。冷静になりかけている。鎖が緩みかけている。

「ダメだよ、樫野くん。もっと悦くなって?」

 目敏い朝葉に舌を爪で突かれ、擦られた。舞緒は快楽に引き戻され、再び沼に落ちていく。舌を弄られているだけ。それだけのことのはずなのに、なぜか酷く気持ちよくて仕方がなかった。視界を奪われているからだろうか。自分と朝葉以外の人がいるからだろうか。それで興奮が増しているのだとしたら、つまりはそういうことなのではないか。Subとしての自分の欲求は、そのような類いのものなのではないか。ぼんやりとした舞緒の頭の中に、あらぬ思考が通り過ぎた。

「お前の甘ったるい声、虫唾が走る」

「それならさっさと出て行ってくれない? 樫野くんも迷惑してる」

「俺にはそうは見えない」

「お前の目、死んでるから、人とは全く違ったように見えるんじゃない?」

 双子なのに、互いのことをお前と呼び合う二人の一触即発のような会話が、朝葉の指を咥えたままの舞緒の耳に届く。喋りながら器用に指を動かされ、快楽に堕とされ続ける舞緒は、二人の間に入って仲裁することもできなかった。例え素面であっても、舞緒に二人を止めることなどできないかもしれないが。
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