朝、夜、劣情。
 唾液に塗れた朝葉の指が徐に引き抜かれ、舞緒は何度か反射で嘔吐くように咳き込んでしまった。喉の奥まで満たしていた圧迫感がなくなったことで、いくらか呼吸も楽になる。目元を隠していた手も離れ、闇に包まれていた舞緒の視界が開けた。快楽のあまり恍惚とし、それによりぼやけていた輪郭がはっきりとし始める中、未だ舞緒の髪を鷲掴んでいる朔夜に乱暴に視線を誘導させられた。顔を歪めてしまいそうなほどの痛みが走っていても、舞緒は依然として怯えたり嫌がったりすることもなく、無理やり顔を上げさせられるがまま、陶然とした眼差しで朔夜を見上げた。相手が朝葉であっても、きっと同じ目をしていただろう。昂った後ではあるが、舞緒の意識は飛びかけたままのようだった。

「さっきの快楽を体験したら、もうノーマルなプレイでは物足りないだろ」

 ほとんど感情の乗っていないような、温度のない声音。いくら見つめても何も読み取れないような、変化のない表情。朔夜に冷徹に見下ろされていることに、舞緒はこくりと唾を飲んだ。涙や涎で汚れている顔を拭うことも隠すこともせずに、ただ、朔夜の冷たい眼差しに高揚する。ドMだと口にされたことで、暗示にかかっているかのようだった。舞緒にはマゾヒズムの傾向があると言わざるを得ない。対して朔夜は、その真逆だと言えるのではないか。

 朔夜は誰からも慕われている朝葉とは違って、周りから一線を引かれているタイプの人だった。常に一人で行動し、それを好んでいるような朔夜が、誰かと連んでいる様子を目にしたことがない。それでも、容姿が優れているために勝手に寄ってくる人とプレイをしたことはあるらしい。しかし、朔夜とプレイをした人は全員、朔夜の暴力的な欲求に応えられず、堪えられず、サブドロップに陥るという専らの噂だった。朝葉の煽るような発言は、皮肉は込められているようだが、ただの挑発でも誇張でもないのだった。
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