朝、夜、劣情。
 舞緒は安心したものの、問題はそこではないと気を取り直した。朔夜をどうプレイに誘うのかが問題なのだ。誰にでも恥ずかしがることなく声をかけられるようなタイプであれば、とっくに朔夜とのプレイを経験できていたはずだ。あの快楽をまた味わいたいという性的な欲求に馬鹿正直になっているのに、舞緒自身の控えめな性格が障壁となり、未だ朔夜と距離を詰めることすらできないでいるのだった。人の性格は、そう簡単に変えられるものでもなかった。

「大丈夫だよ。心配しないでね。そこは俺が協力するから。荷物まとめて、"Heel(ついて来て)"」

 感じていた圧力が和らぎ、朝葉が舞緒から静かに離れていく。朝葉は自分の席へ行って荷物を手にしてから先に教室を出て行った。朝葉のコマンドに急かされるようにして、大慌てで教科書やノートを鞄に押し込み手に引っ掛けた舞緒は、朝葉にこれ以上置いて行かれないように、朝葉の姿を見失ってしまう前に、他人の迷惑も顧みずにバタバタと床を踏み鳴らして朝葉の後を追いかけた。

 朝葉は階段を下りている途中だった。舞緒も一段一段下りて行く。指示通りについて行く舞緒を振り返り、どこか嬉しそうに微笑む朝葉を見て、舞緒の胸はぽかぽかと温かくなった。性的な行為が伴わなくても、性的な気分にならなくても、互いの欲求を満たすことは可能なのだ。この方法が一番安全で、健全だと言えた。朝葉はそれでSubを満たせるDomであるのと同時に、自身がそれで満たされるDomでもあるのだった。

「朝葉くん、今から、一緒にどこか行くの?」

 特に会話もないまま生徒玄関まで辿り着き、靴に履き替える朝葉に舞緒は質問を投げかけていた。ついて来てと言われている以上、大人しくついて行くつもりだが、朝葉が自分を連れてどこへ向かおうとしているのか舞緒には予想がつかず、一抹の不安を覚え始めてしまったのだ。安心を得るためにも、目的地を朝葉の口から教えてもらおうと訊ねてみたが、朝葉は悪戯っぽく笑んでみせるだけだった。どうやら、教えるつもりはないらしい。舞緒は口を噤んだ。朝葉を信じるしかないようだ。
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