朝、夜、劣情。
 朝葉に続いて靴に履き替えた舞緒は、自分を待ってくれていた朝葉に駆け寄る。歩き始める朝葉の一歩後ろをついて行っていると、まるで下僕のような立ち位置に控える舞緒に気づいたらしい朝葉が、後ろじゃなくていいよ、隣おいで、と舞緒を手招いた。舞緒は朝葉の言葉を少しばかり咀嚼する時間を設けてしまいながら、こくりと頷いて朝葉の隣に並ぶ。

 朝葉と揃って校門を抜けると、本来であればそれぞれ逆の道のりに進むはずだが、今回はそうはならなかった。ここで朝葉と別れるのか否か、まだついて行くべきなのか否か、逡巡しそうになる舞緒の手を朝葉が引いたのだ。舞緒の自宅へと続く道とは反対の方向だった。

「どこに行くか、まだ教えてくれないの?」

「うん、着いてからのお楽しみ」

 誘導するために舞緒の手を掴んだ朝葉のそれがするりと離れた。友達としての距離は確実に近くなってはいるが、舞緒と朝葉は、手を繋いで歩くような親密な関係性ではないのだった。

 舞緒は隣を歩く朝葉の横顔を一瞥する。その表情は、どことなく楽しげであり、何かを期待し、心からわくわくしているようでもあった。随分と機嫌が良くなっていることが窺える。何やら協力すると言い、舞緒をコマンドで従わせてからのことだ。

 学校を後にしてから二十分程が経っただろうか。朝葉がある二階建ての家の前で足を止めた。その家が見えてきた頃から、朝葉がその家を目指している節があることを察してから、なぜか舞緒はじわじわと緊張し始めていた。そして、ちらりと視界に入った表札を見て、それはピークに達した。胸が締めつけられ、落ち着かなくなる。身体は強張り、嫌な汗すら吹き出してしまいそうだ。舞緒のその反応は、興奮によるものでもあり、警戒によるものでもあるかのように思えた。表札には、神楽、と書かれてあったのだ。

「朝葉くん、この家って……」

「"No escape(逃げないでね)"」
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