朝、夜、劣情。
 舞緒は自分がどのような欲求を持っているのか把握していない。だが、優しく丁寧だという朝葉であれば、初めてである舞緒には合っているのではないか。評価も満足度も高いらしい朝葉に、一度相手にしてもらいたいと舞緒は浅はかな考えを抱いていた。それで体調不良がなくなるのであれば万々歳なのだが、やはり、情けないことに、立場の異なる朝葉に自ら声をかけることができないのだった。頭痛も不安も、一秒毎に酷くなっているような感覚さえした。

 欲求が満たされないことによる体調不良のせいで、朝からずっと授業に集中できないまま放課後になっていた。あまりの頭痛に視界がぐらぐらと揺れているようで、舞緒は込み上げてくる吐き気を堪えるように口元を押さえてじっとしていた。気持ち悪さの波が過ぎるまで席について俯く舞緒のことなど気にも留めないクラスメートの話し声が頭に響く。それはDomとのプレイで本当に治まるものなのかと疑問に思うほどの痛みだった。欲求不満など関係ないのではないか。

「ねぇ、大丈夫?」

 トントン、と指先の爪を立てて机を叩かれ、舞緒の意識はその音に向いた。誰かの指先が舞緒の机に触れている。頭痛による吐き気を堪えながら、青白い顔をした舞緒が緩慢な動作で顔を上げると、眉尻を下げて小首を傾げた生徒と視線が合わさった。朝葉だった。

 思わぬ人物の登場に舞緒は分かりやすく動揺し、瞬きが増える。黒目が泳ぎ、こちらをじっと見つめる朝葉を見ることができない。自分とプレイをしてもらいたいがために、何度も声をかけようと試みた相手からの声かけではあるが、跳ね上がる緊張のあまり舞緒は現状を素直に受け入れることができなかった。逃走体勢をとるように腰が僅かに浮いてしまう。吐き気も治まらない。一度出してしまった方が楽なのではないか。
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