朝、夜、劣情。
 朝葉は迷いのない足取りで階段を上り始めた。それは玄関を上がって廊下を少し歩いた先にあった。リビングなどは通らずに、家に上がればそのまま、双子それぞれの自室があるのだろう二階へすぐに行けるようだ。恐らくそこで、先に帰宅していた朔夜がプライベートな時間を過ごしているのだろう。自分の願望が叶うその時が徐々に迫って来ているかもしれないことに、舞緒はごくりと唾を飲んだ。

 他人の家であることもあり、慎重に階段を上る舞緒とは違って、ここに住んでいる朝葉は足音など気にもせずどんどん先へ進んで行く。朝葉に遅れて二階に上がった舞緒は、予想通り複数あった部屋のうち、一番奥に面している扉の付近でゆっくりと足を止めた朝葉の元へと急いだ。特に急かされたわけではなかったが、のろのろと歩くのは違う気がした。

 駆け寄る舞緒を一瞥した朝葉が、ノックもなしに部屋の扉を勢いよく開け放つ。相手によっては一言物申されるであろう躊躇のない行動だが、朝葉のそれはいつものことなのか、中からは何のお咎めもなかった。

「ねぇ、連れて来たからさ、してくれない?」

 緊張しつつ、不躾に室内を覗き込もうとした時、舞緒ではない相手に言葉を放った朝葉に手首を掴まれ引っ張られた。あっという間もなく背中を押され、舞緒はこの部屋の主の領域に蹈鞴を踏みながら闖入してしまう。背後で扉が閉められる機械的な音。強制的に二人きりにさせられたのかと思ったが、そろそろと振り返った先には朝葉がいた。扉を背に出入り口を塞ぐようにして立っている。舞緒を捉えるその眼差しは優しげで、しかしどこか妖しさを孕んでいるようにも見えた。
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