今を生きる君とこれからも
七章・生きたい

「母さんただいま。俺だよ。」
自分でも怖かった。瑠夏にはあんなこと言っちゃったけど、実際、まだ心の準備は出来ていない。すごく久しぶりに帰ってきた実家。なぜが覚えていた。体が覚えていたのかな。
ここにいたのはほんの少しの時間だったけど、楽しかったな。

「あなた、晴?」
母さん。見ないうちに結構老けたな。
「あ、母さん。居たんだ。良かった。ちょっと話があって。」
「晴、晴、晴、あなた今までどこに行ってたのよ!ずっと、ずっと心配してたのよ!」
なにを、なにをこの人は言っているんだ。俺はどこにも行っていない。お前たちがっ。
「あぁぁぁ、もうどこにも行かないで。私の晴。」
母さんが急に抱き着いてきてその叱りが頂点に達した。
「はぁ?なにが私の晴だぁ?そんなこと言っちゃってるけど、あなたが手放したんでしょう。もう、あなたのものでもなんでもないじゃない。それなのに自分のものだぁ?勝手に自分のものにしないでほしいんですけど。晴はあなたたちのせいでたくさん悩んでるっていうのに、なにを勝手に晴のせいにしてるんですかぁ?こんなくだらないことに晴の時間を使わせて、あんたは本当に自分の子供を何だと思ってんの⁈考えろよぉ‼」
「瑠夏?」
母さんは何も言わない。聞こえているのだろうか。
「誰?誰なのあなたは。私の晴の何が分かるの?この子は私の子なの。それは変えられない事なのよ?それに、私には晴しか居ないの。もう、ずっと一人で寂しかった。晴がここに来てくれたのは私に会いに来るためなの。それなのに、それなのにあなたはなんで知っているの?なんでここにいるの?部外者は去ってちょうだい!」
「母さんっ!」
「部外者なんかじゃない!私は晴の彼女だぁ!晴を自分の所有物にするんじゃない!晴を、私の大好きな人をそんな、物みたいに言わないで!」
「物なんかじゃないわ!晴は私の子供だもの!彼女だからって何なのよ!親の方に所有権があるに決まってるじゃない!」
「だからもう、あんたには親の権利はないって言ってるの!」
「瑠夏っ!母さんっ!もう、いいからっ!」
「瑠夏は母さんとこんな言い争いをするために来たのかよ。」
「ご、ごめん。」
「やっぱり、晴は、お母さんに会いに!」
「違うとも言い切れれないけど、母さんが思っていることとは違う。」
「俺は、あの頃の事をちゃんと母さんに伝えるために一番信用できる彼女と来た。」
「あの頃の事って?」
「覚えてないのかよ、やっぱ、さっきの行動からして認知症か。まあ、この頃誰とも話していないようだし、妥当か。」
「認知症なんかじゃないわ、ちゃんと覚えてる!病気の事でしょ?叔母さんとのことでしょ?ね?」
「違うよ。全然違う。」
「え?」
「ほら、あんたは何も知らないじゃない。」
「ごめん。瑠夏、瑠夏も話したいだろうけど、とりあえず俺と母さんとだけで話したい。いいかな?」
「うん。なんかもう私、今ので全部言っちゃったみたいだから。」
「そっか、色々とありがとう。」
ありがとう。俺にここまで来る勇気をくれて。
「母さん。てことでちょっと二人で話そう。瑠夏はごめん、その辺に座ってていいから待ってて。」
「分かった。」
俺は母さんを連れて部屋を出た。

「晴?こんなとこまで連れてきてどうしたのよ。」
「話があるから。」
「そうなのね。わかったわ。それで話ってなんなの?」
「母さん、ところで、父さんは?」
「慶次さん、あぁ、お父さんは死んじゃったわ。病気だったの。」
「そうなんだ。じゃあ、電話したいな。母さん、電話番号教えて。」
「誰の?」
「父さんの。」
「あぁ、いいわよ。」
「はい、ここに書いてあるわ。」
「ありがとう、母さん。もういいよ、戻って、急にきてごめんね。」
「あら、あら、いいのよ、晴。」
「じゃあ。」

父さんの電話番号。母さんは死んだと言っていたが、母さんの言っていることは信用できないしな。とりあえずかけてみよう。

ツゥルルルルルルツゥルルルルルル
「はい、朝日です。どちら様でしょう。」
「あー、慶次さんですか?」
「あ、はい。朝日慶次ですけど。」
「そっか、そっか、父さん。覚えてる?俺のこと。」
「は、晴か⁈」
「そうだよ。」
「なんで電話番号が分かった。」
「母さんに教えてもらった。」
「あぁ、来たのか。家に。」
「そうだよ。それより、母さん、認知症ぽいけど、分かってる?」
「あぁ、最近受け答えがおかしくてな。たまに俺のこととかも忘れてる。」
「やっぱそうなんだ。」
「それより、お前、こんな時にどうしたんだ。」
「父さんと話がしたくて。でも、電話じゃなんだから、会えないかな?仕事が終わってからでもいいから。」
「あぁ、いいぞ、俺もそろそろ仕事が終わるから八時には家に帰ると思う。」
「分かった。それまで待ってる。」
「おう、母さんにもよろしくな、あいつ、お前にずっと会いたがってたから。」
「そう。」
通話ボタンを押した。
別に、父さんは実のところ、そんなに悪くはない。俺が一番悩んでいたのは母さんのことだった。もともと祖母とは仲が悪く、親交関係はぐだぐだだった。その中で俺が病気になったことは、火に油を注いだと、同然だった。

八時までにはまだ時間がある。家にいても母さんがいるからめんどくさいし、浜辺で瑠夏と遊ぼうかな。




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