私を生かしてくれたのは元同級生のお医者さま
「はぁあ、最悪! 先月ほとんどバイト入れなかったから今月ピンチだよ!」

 彩がダイニングに足を踏み入れた途端、大学生の妹の遥花(はるか)が言った。
 ああ、またか。
 遥花はまた彩をサンドバッグにしようとしている。それに気づいた彩は目をそらしたまま彼女の隣を通り過ぎ、黙って冷蔵庫を開けた。

 郊外の住宅街にある築十数年の一軒家。ここで彩は両親、妹と共に四人で暮らしている。
 妹の遥花の言いたいことは彩だってわかっている。「良いよね、お姉ちゃんは」「ほんとズルい」「お姉ちゃんみたいなの、ほんと腹立つ」そんな台詞ばかりだ。
 彩がそう思いながら器にシリアルを注いでいると、案の定、遥花の口から決まり文句が飛んできた。

「良いよね、お姉ちゃんは。『障害年金』とか言って働かずにお金貰ってさ。病気があるだけで、ほんとズルい」

 ――じゃあ代わってあげようか?

 そんな言葉が彩の口をついて出そうになる。

 代わってほしいなら代わってあげるよ。
 心臓に難病をかかえて、何度も手術を受けて。
 少し動いただけでもしんどくて、これから先も一生メンテナンスの手術を受けないといけなくて。
 平均寿命まで生きられる望みのないこの人生がそんなに羨ましいなら、代わってあげる。

 彩がそんな心の叫びをグッと飲み込んだのは、吐き出したところで無駄だからだ。妹の遥花はおろか母親にまで「悲劇のヒロインぶるな」「自分だけが辛いと思うな」と言われるのだから、黙っているのが一番良い。

 吐き出した分だけ空しくなる。

 だから彩は無視を選んだ。
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