私を生かしてくれたのは元同級生のお医者さま
「いや、おかしいよ。そんなのおかしい。……ねえ、二階堂さん。二階堂さんは実家暮らし?」
「うん」
「一人暮らしの予定はある?」

 彩は静かに首を横に振った。

「出来る事なら一人暮らししたいけど、私、いつ死ぬかわからないし。発見が遅れて腐った私の後始末をするのは親だから」
「後始末って」
「うん。腐った死体の処理なんて嫌でしょ。だから一人暮らしはやめてって言われてる」

 そう言った途端、高橋くんが彩に覆いかぶさって彩の両肩を抱いた。彩の顔のとなり、枕の上に顔をうずめた高橋くんは、彩の耳元で「なんで」とやるせない声をもらしている。
 彼の髪が彩の頬に触れる。

(温かい)

 もしも自分が死んだら、高橋くんはこうして泣いてくれるかもしれない。そんな事を、彩はぼんやり思った。
 彩の頬の上を高橋くんの額が滑る。

「二階堂さん、生きよう」

 顔を上げた高橋くんの決意に満ちた目が、彩の目の前にあった。

「僕と生きよう。僕が支えるから」

 このままキスされるんじゃないか。そう思うくらい長く見つめてから、高橋くんはギュッと目をつむり、彩から身体を離した。

「二階堂さん、うちの病院で手術を受けてみる気はない?」

 急な話に彩は戸惑う。手術?

「デリケートな話だから言うかどうか迷ってたんだ。けど、ご家族がそんな様子じゃやっぱり心配だよ。二階堂さんにはもっと元気になって人生を楽しんでもらいたい」
「元気に……?」
「そうだ。僕の勤めている病院は、成人先天性心疾患の治療で国内トップクラスの病院なんだ。まずはセカンドオピニオンだけでも良い。僕たちに診せてほしい」

 彩の手が高橋くんに力強く包まれる。

「僕に命を預けてほしい。元気にして返すから」
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