私を生かしてくれたのは元同級生のお医者さま
「介護が必要になるくらいなら手術なんて受ける必要もないだろう。まったく何を考えているんだ、彩は」
「本当よ。どれだけ他人に迷惑をかければ気が済むの」
「しかし障害の等級が上がれば貰える年金も増えるんじゃないか?」
「増えたって一万、二万の世界でしょ。冗談じゃないわよ。介護になったら割に合わないわ」

 これが彩の日常だった。それを目の当たりにした北斗は肩を震わせる。

「何の話をしているんですか! あんまりじゃないですか! 彩さんは今、元気になろうとしているんですよ! 頑張ってるんですよ!」

 声を荒らげた北斗を、両親はせせら笑う。

「頑張る? 私たちはあの子が生まれてからずっと頑張ってきたのよ」

 母が言う。

「貴方は私たち家族がどれだけ苦労してきたか知らないでしょう。私たちはね、もう三十年近くあの子に人生を奪われてきたの」

 隣の父も頷いている。

「そうだぞ。俺たちはずっと苦労してきたんだ。金ばっかかかって死ぬまで介護だなんて、俺たちの人生はどうなると思ってるんだ」
「本当、そうよね。いっそこのままあの子が死んでくれたら死亡保険金が入るのに」
「確かにな」

 両親がガハハと下品な笑いをする。

「なっ」

 カッとなった北斗が母親に掴みかかろうとした。

「なんてことを言うんだ!」

 北斗の手を父親が掴む。

「お前こそ何をする気だ!」

 男同士が取っ組み合いになり、母親はオロオロと後ずさった。北斗は彩の父の胸倉をつかんでいる。

「彩さんは今頑張ってるんですよ! よくもそんな事を言えますね!」
「うるさい! お前には関係ないだろう! 他人は引っ込んでろ!」

 怒鳴り声が部屋中に響く。それを聞いた看護師が数人、慌てて待合室にやってきた。二人を無理矢理引き離し、落ち着かせようとする。
 その時、室内の電話が鳴った。
 それは手術終了の連絡だった。
< 29 / 37 >

この作品をシェア

pagetop