エリート会長は虐げられ秘書だけを一途に溺愛する

プロローグ

「知らなかっただろうが、君はすでに婚約中の身だ」
 これまで彼氏などできなかったこの人生、齢26にして初めて、婚約者がいることを知りました。
「あ、あの……どういうことですか?」
「混乱するのも無理はないが、できるだけ早く受け入れたほうがいいだろう」
 目の前には、圧倒的な存在感を放つわが社の新会長、神崎千隼が座っている。
 31歳という年齢にして、その貫禄はどこから身につくものなのか。
 骨格までもを味方につけた類稀なる体型は、180を優に超え、そんな身体にフィットするように作られた格式高いスーツがよく似合っている。
 整っているのは鼻梁や唇だけでなく、顔そのものが天才級といっても過言ではない。セットされた黒髪からも清潔感が伺える。
「話を聞いているのか、花宮杏子」
「は、はい。もちろんです。ただ、何かお話に行き違いがあるのではと……私には婚約者など」
 なんとか言葉を繋いでいくが、初めて会った瞬間から始まった緊張感は限界を迎えようとしていた。神崎千隼という男の眼に捕らえられてからは、呼吸さえままならない。
 地位、名声をほしいままにする人間の前で、私のような凡人は立っているだけで精一杯だ。
「信じられない話でもないだろう。会社での性は花宮で通すのか」
 重厚感漂う会長室に相応しいバリトンボイスが否応なく質問を重ねていく。
 一体全体どうなっているのか。
 身に覚えのない婚約を、なぜ今日会ったばかりの新会長と議論しているのだろう。
「お言葉ですが、そちらの情報はどこから……?」
「本当に何も知らないのだな」
 立ち上がり、私の前まで来た彼は、すっと私の顎に手を添えこう言った。

「婚約相手は俺だ」

 華やかな世界とは無縁だと思ってきたこの人生、気づけば我が社のトップと婚約していたようです。
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