エリート会長は虐げられ秘書だけを一途に溺愛する

婚約者は我が社の新会長

 遡ること数時間前。始まりは、毎月1日の日課であるコンビニのATMの前で起こった。
『花宮さん、今どこにいる?』
 電話相手は秘書課の先輩、冴中さんだ。
 二年半前から神崎グループという世界的に有名な大手企業に身を置いていた。就職した会社が立て続けに潰れ、仕事運になかなか恵まれない中で引き取ってもらえたことは運がよかったとしか言いようがない。
「今は会社近くのコンビニですが、何かあったんですか?」
『マツカワホールディングスの契約書が見当たらないの。午前休取ってるところ悪いんだけどすぐに来てもらっていい?』
「わかりました……! すぐに向かいます」
 電話を切ってすぐ、自分の格好を確認する。

「さすがにこれは最低限過ぎるかなぁ……」
 いつ呼び出されてもいいようなコーデを組んでいた。このまま出社しても問題はないだろう。気がかりなのは顔だけ。普段よりもかなり薄いのは、出社後に整えればいいという判断ミスを行ったからだ。
 どんなときでも完璧な秘書であることが求められるというのに、今日ばかりは憂鬱なルーティンのせいか他を疎かにしていた。ここから化粧を足していく時間はあるだろうか。
 腕時計で逆算しながらスケジュール帳を開く。
「午後からミーティング……だとしたらすぐに出社して探さないと」
 これは冴中さんが秘書を担当している横須専務との取引だ。
 私以外にも秘書課には複数人在籍しているが、そのほとんどが上層部の秘書を担当している。
 そんな中でただ一人、私は誰の担当も任されることなく、勤続年数だけが伸びていた。
 仕方がないことだと割り切ってはいても、影では「給料泥棒」などと囁かれているため、晴れやかな気分で仕事ができているわけでもない。
 諸々の確認をしていると明細書が出てきていた。記載された金額を見ては、機械に吸い込まれていった札束に思いを馳せる。
「……どうか、今月はこれで終わりますように」
 小さく祈っては、明細書をコンビニのごみ箱に入れ会社へと出勤する。
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