エリート会長は虐げられ秘書だけを一途に溺愛する
都内有数のオフィス街にそびえ立つ、ひと際目を見張る高層ビル。鏡張りの中を歩く人間は勝ち組だと言われている。
「おはようございま……」
所属している秘書課に顔を出すと、中では騒がしく人が動いていた。
ひとまず冴中さんを視線で探していると「なんでこのタイミングなのよ」と誰かが言った。それが何を指しているのか分からないままでいると、ちょうど電話対応を終えた冴中さんを見つける。
「おはようございます。何かあったんですか?」
「ああ、会長が辞任されたみたいなのよ」
どっと疲れが出たような顔をした冴中さんは、私との通話を終えてから起こった出来事を簡単に説明してくれた。
昨夜突然、会長の辞任が決定し上層部の社員だけに伝えられたこと。今朝になり全社員へと知らせが届いたという。
「そんな話、せめて私たちには通してもらいたかったんだけど」
今までこんなことはなかった。
会長の秘書を務めているのは、大林さんという神崎家に長年仕える60半ばの男性だった。時折、手続きの関係で秘書課を訪れることはあったが、物腰柔らかで、私に対しても労いの言葉をかけてくれるような紳士だ。
それにしても、いきなり会長が辞任したという他に類をみない事件に各署は対応に追われているらしい。
神崎グループ。
国内外で多岐にわたる不動産プロジェクトを手がけ、商業施設・住宅地をはじめ、オフィスビルやリゾート地など幅広い分野で事業展開を行っている。
社員数は7万人という規模でありながら、離職者が少ないことがよくネット記事で取り上げられている。
そんな会社に運よく就職できたのが2年半前。
面接で決していい結果を残せず、落ち込んで眠れない夜の先に待っていたのは、奇跡の採用電話だった。
一流の大学どころか、学歴は高卒止まり。集団面接だったこともあり、ほかの人たちがいかに素晴らしいかだけを見せつけられた面接で、なぜか私だけが採用されたという。
その理由は今もまだ分からないままだが、何かを期待され採用をもらっているのだとしたら、今のところ貢献できている自信はない。
会長が辞任するという今も狼狽えることしかできないのだ。
「ええと私にも何かお手伝いを……あ、今朝の電話の件は……?」
「それはもういいの。でも電話入れるべきだったわね、せっかく早く来てもらったんだし大会議室の掃除をお願いしてもいいかしら」
「わかりました」
頼まれていた仕事もなくなり、会社の一大事でも私は清掃を任されるだけ。
それでもここで培ってきた笑顔をなんとか維持しながら、通勤バッグだけ自分のデスクに置くと、ひそひそと会話が聞こえてくる。
「冴中さん、また花宮さんに仕事押し付けてる。さっき専務から言われたことだったのに」
「しょうがないでしょ、花宮さんはうちらの秘書なんだから」
秘書の秘書担当。それが私の肩書き。
入社してからというもの、秘書課の雑務をこなしては一日が終わっていく。
それでも誰かの役に立てるならそれが一番いい。仕事がもらえるだけまだマシだ。自分に言い聞かせながら気持ちを前向きへ向かうようマインドコントロールしていく。
聞こえてしまったあの囁きを遠ざけるように、清掃が行き届いた廊下をひたすら歩きながら、それにしても、と考える。
大会議室で何があるのだろう。
「おはようございま……」
所属している秘書課に顔を出すと、中では騒がしく人が動いていた。
ひとまず冴中さんを視線で探していると「なんでこのタイミングなのよ」と誰かが言った。それが何を指しているのか分からないままでいると、ちょうど電話対応を終えた冴中さんを見つける。
「おはようございます。何かあったんですか?」
「ああ、会長が辞任されたみたいなのよ」
どっと疲れが出たような顔をした冴中さんは、私との通話を終えてから起こった出来事を簡単に説明してくれた。
昨夜突然、会長の辞任が決定し上層部の社員だけに伝えられたこと。今朝になり全社員へと知らせが届いたという。
「そんな話、せめて私たちには通してもらいたかったんだけど」
今までこんなことはなかった。
会長の秘書を務めているのは、大林さんという神崎家に長年仕える60半ばの男性だった。時折、手続きの関係で秘書課を訪れることはあったが、物腰柔らかで、私に対しても労いの言葉をかけてくれるような紳士だ。
それにしても、いきなり会長が辞任したという他に類をみない事件に各署は対応に追われているらしい。
神崎グループ。
国内外で多岐にわたる不動産プロジェクトを手がけ、商業施設・住宅地をはじめ、オフィスビルやリゾート地など幅広い分野で事業展開を行っている。
社員数は7万人という規模でありながら、離職者が少ないことがよくネット記事で取り上げられている。
そんな会社に運よく就職できたのが2年半前。
面接で決していい結果を残せず、落ち込んで眠れない夜の先に待っていたのは、奇跡の採用電話だった。
一流の大学どころか、学歴は高卒止まり。集団面接だったこともあり、ほかの人たちがいかに素晴らしいかだけを見せつけられた面接で、なぜか私だけが採用されたという。
その理由は今もまだ分からないままだが、何かを期待され採用をもらっているのだとしたら、今のところ貢献できている自信はない。
会長が辞任するという今も狼狽えることしかできないのだ。
「ええと私にも何かお手伝いを……あ、今朝の電話の件は……?」
「それはもういいの。でも電話入れるべきだったわね、せっかく早く来てもらったんだし大会議室の掃除をお願いしてもいいかしら」
「わかりました」
頼まれていた仕事もなくなり、会社の一大事でも私は清掃を任されるだけ。
それでもここで培ってきた笑顔をなんとか維持しながら、通勤バッグだけ自分のデスクに置くと、ひそひそと会話が聞こえてくる。
「冴中さん、また花宮さんに仕事押し付けてる。さっき専務から言われたことだったのに」
「しょうがないでしょ、花宮さんはうちらの秘書なんだから」
秘書の秘書担当。それが私の肩書き。
入社してからというもの、秘書課の雑務をこなしては一日が終わっていく。
それでも誰かの役に立てるならそれが一番いい。仕事がもらえるだけまだマシだ。自分に言い聞かせながら気持ちを前向きへ向かうようマインドコントロールしていく。
聞こえてしまったあの囁きを遠ざけるように、清掃が行き届いた廊下をひたすら歩きながら、それにしても、と考える。
大会議室で何があるのだろう。