エリート会長は虐げられ秘書だけを一途に溺愛する
 基本的に、月初は朝礼が通例だった。それぞれの課が集まり、頭に入れておかなければならない全体の流れを共有する。入社以来欠かさず行われてきたことだ。
 きっと何かがあったのだろう。そしてその”何か”を末端社員が知る権利などない。私の仕事は会議室の清掃をし、最低限の準備を整えてくるだけ。
「あ……この花だけ枯れてる」
 会議室の奥に飾られていた花瓶、その中の赤い薔薇が何枚か花びらを落とし朽ちていた。こういった花を見ると、どうしても切り花に情のようなものが湧いてしまう。
 いずれは枯れてしまう存在だとしても、刈り取られることもなければ、もっと美しいままに咲いていられたのではないか、と。その時間を、人が早めてしまっているように思えて仕方がない。
 扉の開閉音が聞こえたのは、薔薇の処理を一旦後回しにしたタイミングのときだった。
「君は……」
 ──うつくしい人。
 そこに立っていた男性を見て、そう思うことは決して正しくはないとわかっていても、その言葉で腑に落ちてしまうものがあった。
 女性らしい、中性的といった意味合いではなく、その男性から醸し出される全てがうつくしさで溢れていた。
 花に感じる美しさとは、なんだかちがう”うつくしさ”を感じて、言葉が出てこない。
「花が好きなのか」
 投げかけられた声質があまりにもやさしいものに感じてはっとした。
 ここの会社では見たこともない人。だとすると、今回の会議で集められた人ということになる。しかしこんな人は資料でも見たことはない。
「あ……ええと、好きです」
「それにしては、浮かない顔をしているように見えるが」
 視線だけでなく、指先の微細な動きでさえ、この人は見逃さないのだろう。そういった鋭さを感じて、ただ手元にある薔薇に視線を定めた。
「……切り花はあまり好みませんので……切られてしまえば、あとは枯れるのを待つだけように思えて」
「そうか。覚えておこう」
 そう言われて、薔薇から視線を上げる。
 気付かなかったが、男性の後ろには大林さんが立っていた。私を見ては一礼するものだから、同じように合わせた。
 この人は一体誰なのだろう。それを尋ねることさえ誤っているように思えて口を噤む。
 男性は室内をいったん見渡したあと「ここは掃除が終わっているのか」と聞いた。
「はい、終わっております……あ、すぐにお茶を」
「必要ない。そろそろ厄介な人間たちが集まってくる頃だ」
 そうですか、と自分でもおどろくほどか細い声が出ていった。
 背を伸ばし、堂々としていることもまた、秘書として必要なスキルであるにも関わらず、私にはまだ沁みついてはいないらしい。
 ひとまず邪魔にならないようにと会議室を後にしようとすると、
「君も会議に出席しろ」
 なぜか呼び止められた。
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