エリート会長は虐げられ秘書だけを一途に溺愛する
「……お言葉ですが会長、花宮さんには秘書課の仕事で手がいっぱいですので、よろしければ私が担当させていただければと思うのですが」
「言い方を変えるべきだったな。花宮以外の秘書は必要ない」
 もしもこの人が薔薇だとすれば、触れようとした冴中さんには棘が刺さったのかもしれない。鋭く、容赦なく拒絶した。
「だが、人選を間違えたようだな」
 神崎さんの言葉に、戸惑っていた冴中さんが息を吹き返すように、溢れるような笑みをこぼした。
「そのご判断は賢明かと。すぐにでも神崎会長にふさわしい秘書を──」
「何を勘違いしている。お前のことだ」
 しかしその笑みも、数分も持たずして綺麗に消失していく。
「花宮の引継ぎはお前では任せられない。こちらの人間で手配させよう」
「あ、あの、そういった意味合いでは……」
「花宮がお前の部署を共有することもない。同じ秘書でも格が違うからな」
「……花宮さんよりも私が劣るはずは」
「プライドが高いのは結構だが、盾つく人間を誤るなよ」
 冴中さんが初めて表情を変えるのを見た。それが羞恥だとするならば、この人も人だったんだと思ってしまう。それほど、私にとって冴中さんは絶対的な存在だった。「大変申し訳ございません」とだけ残して出ていく背中をただ黙って見ていると、
「君が秘書課に戻ることはない。別の部屋を用意させているから、そこを使うといい」
 ありがたいような、ありがたくないようなことを言われる。
「……あの、私が口にするのも差し出がましいですが、私は誰よりも仕事ができない人間でして」
「俺は、自分が選んだ人間しか周りに置かない。これでも君の仕事に対する評価して選んだつもりだ」
「評価とは……」
 その疑問を遮るように、神崎さんのスマホに電話が入った。それに出ると「すぐ向かう」といって部屋を出て行ってしまう。残されたのは、婚約と秘書業務をいまだに受け止めきれていない私だけだった。
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