どこの誰よりも、先生を愛してる。


「クールな見た目してるのに、どこか物憂げ」
「………」
「河原先生、悩み事ですか?」
溝本(みぞもと)先生……」


 英語教師の溝本(みぞもと)明日香(あすか)先生。どこか影のある美人……。もとい、大人の女性。

 女性の年齢を言うのはあまり宜しくないが、彼女は38歳の独身。


 溝本先生の席は、俺の隣だ。


「悩み事なんて、そんな大層なことじゃない。考え事程度」
「考え事だって、立派な悩み事ですよ」


 猫でも撫でるかのような声でそう呟き、椅子に座り長い髪の毛を掻き上げた。

 俺よりも年下なのに、年上かと思わせるくらい余裕に満ちている。


「考え事でも、悩み事でも。どれだけ頭を使っても答えなんて出ないけどな」



 ふぅ……とまた溜息が出ると同時に、何故か脳内に浮かぶ平澤の姿。それにまた、頭を悩ませる。



「……河原先生。そういう時は、スッキリさせた方が良いですよ」
「…………」



 艶っぽい声色で。
 そう、耳打ちした溝本先生。


 これは溝本先生流、ホテルへのお誘いだ。


「………じゃあ、21時。いつもの場所」


 少しだけ考えた後、俺も小さく溝本先生に耳打ちをする。


「はい、楽しみにしています」


 そう言って微笑んだ溝本先生は、更なる色気に満ちていた。






 今回で、4回目のお誘い。




 だが別に、恋愛感情は無い。
 俺と溝本先生、お互いに利害が一致しているだけ。


 ただそれだけの関係。





 嬉しそうな溝本先生が自分のデスクと向き合った後、何だか笑いが込み上げてきた。


 自分で自分に笑えてくる。


 俺は別に愛情なんて無くても、いとも簡単に女を抱くことができる人間なのだから。





 俺のことを好きだと言ってくれる平澤には悪いけれど。


 やっぱり俺は、どうしようもないクズだ。








(side 河原 終)






< 15 / 116 >

この作品をシェア

pagetop