どこの誰よりも、先生を愛してる。
柚木先生が居たのは、視聴覚室だった。
誰もいない部屋に1人。先生は、生徒椅子に座っていた。
「柚木先生、何しているのですか」
「それはこちらの台詞です。授業をサボって良いと思っているのですか」
「だって……」
「また、河原先生?」
「………」
指摘され、また目に涙が浮かぶ。一粒零れると、先生は溜息をついた。
「何があったのですか」
「……河原先生に抱きしめられたんですけど、魔が差したって言われました」
「……は?」
呆れたような声の後、先生は大きく溜息をつく。そして唇を少しだけ噛み締め、呟くように言葉を発した。
「だから、河原先生は駄目だと言っているのです。泣くくらいなら、他に目を向けて下さい」
「……前にも言いました。他とかじゃなくて、河原先生が良いんです」
「そんな仕打ちをされてもですか?」
「……はい」
鼻を啜りながら柚木先生に抗議をする。先生は眉間に皺を寄せたまま、また溜息をついた。
「河原先生に拘る意味が分かりません。何なのですか、本当に見ていられませんよ。平澤さんが傷付くところ」
「……」
「河原先生じゃなくても、他の人がここにいるじゃないですか。他では……僕では、駄目ですか?」
「…………え?」
言葉の意味が分からなかった。頭で理解しようと脳をフル回転させるが、やはり理解できない。
柚木先生は頬を赤く染め、先程よりも強く唇を噛み締めている。その先生の様子が、更に理解できない。
「……先生、意味が分かりません」
「そう……。なら良いです。今はまだ分からなくて良いです」
頬が赤いままの柚木先生は、自分の隣の椅子を叩いて私に座るよう促した。大人しく従って椅子に座ると、満足気に先生は微笑む。
「次の2 限、僕の授業ですよね?」
「……あ、そうです」
「僕の授業は出て下さいね。サボったら評定1にします」
「え、鬼!」
「いいえ。これでも優しさの塊です」
なんて言いながら、柚木先生はそっと私の頭を撫でた。ポンポンと優しい手つきに驚きが隠せない。
「……先生?」
「……平澤さんのこと、僕なら泣かせないのに」
「え?」
どこかで聞いたような言葉。
そういえば、圭司も似たようなことを言っていたことを思い出す。
「……僕は、河原先生のようなことは、しません」
小さくそう呟いた柚木先生。
床に視線を向けたまま、静かにそっと目を伏せた。