どこの誰よりも、先生を愛してる。
前日準備
河原先生とは気まずいまま、体育祭前日を迎えた。
得点係の準備は、競技ごとの計算表の印刷と、大きな得点板の設置。生徒3人と先生1人しかいないけれど、今日の準備では大変なことは何も無い。
「よし、得点板設置と印刷で分かれてもらう。……とはいえ、設置は力仕事だからな。大川と佐川の川コンビに頼むぞ」
「うぃっす」
実は、得点係の1年生と3年生は男子だ。だからまぁ、こうなることは薄々想像できていた。仕事を分けるなら、どうしても男女別になる。
「平澤は印刷を頼む。ほら、パソコン室の鍵とUSBだ。この中にデータが入っている」
「……分かりました」
ジッと私の顔を見つめていた河原先生を無視して、鍵とUSBだけ受け取る。一切先生の方は見ずに、私はパソコン室に向かって歩き出した。
正直、気まずい。先生と、話したくない。
本当は先生に聞きたいことが沢山あるのに。
あの時どうして追い掛けてきたのか。
どうして圭司を教室に帰らせたのか。
どうして抱きしめたのか。
だけどその全てに触れてはいけないような気がして、言葉は胸の奥底に隠す。
「しかし……寂しいなぁ」
広いパソコン室に私1人。
唾を飲み込む音が響くくらい静かな部屋に、何とも言えない不安感を覚えた。
「……はぁ」
思わず溜息が零れてしまう。
体育祭、本当にやりたくない。河原先生と一緒が良いと思って立候補した得点係も微妙だし。むしろ、先生との関係が悪化している気がする。
もう、自分がどうしたいのか。それすらも分からない。
ガラッ
「……」
静かに開いた扉。
そこに現れたのは河原先生だった。
「平澤、どうだ。印刷」
「……ぼちぼちです」
心拍数が上がり、顔が熱くなる。しかも私は先生の顔を見ないから、我ながら少し挙動不審だ。
「……そうか」
部屋に入り私の隣に座った先生。あんなに傷付いたのに、それでも私の心は単純で、ときめいて苦しくなる。
「……」
無理すぎる。素敵で、存在すら愛おしくて。大好きが溢れて、胸が苦しい。
そんな感情を抑えながらパソコンと向き合う。
ひたすらデータを開いては印刷の実行を行った。
「……」
プリンターの音とマウスのクリック音だけが響くパソコン室。
隣に座った河原先生は、じっと私のパソコン画面を眺めたまま何も言わない。そんな私も、何を話せば良いのか分からなくて、何も言わない。
せっかく2人きりなのに。
今もまた、何を話せないでいた。