どこの誰よりも、先生を愛してる。
時刻は14時50分。
忙しすぎた体育祭も無事に終了し、片付けを終えた生徒達は解散となった。
たまには愛理と圭司の3人で帰りたいと思い2人を探したが、見つからない。
「もう帰ったのかな」
2人を探して校舎内を彷徨っていると、反対側から柚木先生が歩いてきた。先生は私の姿を見つけると、笑顔で手を振り駆け寄ってくる。
「平澤さん、お疲れ様でした」
「柚木先生、お疲れ様です」
普通に挨拶を交わした柚木先生の中では、昨日のキスが無かったことになっているのか。先生は驚くほど普通だった。
「もう帰って良いんですよ? どうされましたか」
「あ、いや……。愛理と圭司を探しています。部活無いし、一緒に帰りたいと思って」
そう言うと、柚木先生は少し首を傾げたあと「あっ」と声を上げた。
「そういえばさっき、体育館の横で見ました」
「体育館の横?」
「こっちです」
廊下を歩き、体育館に繋がる渡り廊下へ向かう。
生徒が殆どいない静かな校舎内。
柚木先生の一歩後ろを歩いていると、声が聞こえてきた。
「圭司……菜都のことが好きでしょ」
「……」
渡り廊下の先にある石段に座っている愛理と圭司が見えた。
微かに聞こえて来た私の名前。
もしかして、私の話をしてる?
そう思い、2人の会話に意識を集中させた。
「菜都のことが好きなら、何? 何かある?」
「何って……どうして圭司っていつもそうなの? 私、圭司のことが好きって言っているよね。菜都は、河原先生が好きなんだから。それで良いじゃない……」
「俺は『河原のことが好きな菜都』も好き。それら全てひっくるめて、菜都だ」
「……馬鹿じゃん、そんなの。私がいるのに」
「愛理は愛理だろ。菜都じゃない」
唇を噛みしめて震える愛理は勢いよく立ち上がり、そのまま圭司にキスをした。
目の前で広がる光景に、思わず絶句する。私にはこの状況が理解出来なくて、幼馴染2人が知らない人たちに見えてしまう。
「あ、愛理…………?」
「……菜都じゃなくて、私も見て」
そう言って愛理は鞄を持ち、門の方に走って行った。
「……」
動悸がして、苦しい。
小刻みに震える体を抑えながら呆然と立ち尽くしていると、柚木先生が私の腕を軽く引っ張ってその場を後にした。
「……え、先生」
「こっち」
連れて行かれた先はボランティア部の部室。鍵を持っていた先生は、少し手荒に鍵を開けて一緒に中へ入る。そして、そっと椅子に座らせてくれた。
「……僕は何も言いません」
柚木先生は眉間に皺を寄せ、少し苦しそうな表情をしている。そんな先生は、私の気持ちが落ち着くまで、ずっとそばにいて頭を撫でてくれた。
大切な、幼馴染なのに。私、愛理と圭司の気持ちを知らなかった。
愛理は圭司が好きで、圭司は私が好き……。
「………」
知らなければ良かった。
来週からどんな顔をして会えば良いのか分からない。
何だか、長年培ってきた『幼馴染』という関係性も、簡単に壊れていってしまうような気がした。