どこの誰よりも、先生を愛してる。
コツッ……コツッ……
「……」
廊下から足音が聞こえて来る。
思わずその音がする方向に顔を向けたが、柚木先生の手によってまた戻された。
「気にしないで下さい」
「……」
先生はまた、唇を重ねる。
「………」
何だか物凄く悪い事をしている気がして、妙に気持ちが昂る。
コツッ……コツッ……
段々と近付いてくる足音。
その足音は通り過ぎるものと思っていたが、予想に反してボランティア部の扉の前で止まった。
そして、軽いノック音が鳴り響くと同時に、扉が開く。
「………」
開いた扉から現れたのは、河原先生だった……。
「柚木……お前………」
抱き合った状態の私と柚木先生。
度重なるキスで頬が火照っている私は、河原先生に見えないようにそっと顔を隠した。
「平澤。出頭しろって言ったよな」
「……」
「河原先生、僕が平澤さんに行くなと言って呼び止めました。彼女は悪くない」
「……柚木」
睨み合う先生2人。柚木先生はふぅ、と小さく息を吐いて、また私と向き合う。そして、先程と同じようにまたキスをした。
「っな……柚木、何してんだよ!!」
「何って、別に河原先生には関係ありません」
そう言って続けられるキス。さっきは何も思わなかったが、河原先生がそこに居ると話は変わる。
「……」
じわじわと湧き上がって来る嫌悪感。
河原先生に見られているという現実に耐えられなくなって、思わず柚木先生の体を押してしまった。
「……いやっ!!」
「……平澤さんっ」
もう、私も何がしたいのか分からない。
柚木先生には河原先生のことはもう嫌いだと言いながら、キスを受け入れたのに。
河原先生がそこにいると、柚木先生を拒否してしまうなんて。
「ゆ、柚木先生……ごめんなさい」
「いや、僕が悪いです」
小さく溜息をついて、柚木先生は立ち上がった。そして河原先生の前に移動し立ち止まる……。
「……何なのですか、本当に」
「何がだ」
「中途半端なことするなと、あと何回言えば分かりますか。平澤さんの気持ちに応えられないのなら、彼女が傷付くようなことをしないで下さい」
「……お前には関係ない」
「関係あるっ!!」
勢いよく踏み出し、柚木先生は河原先生の胸倉を掴んだ。
「……何だよ」
いつもどんよりしている河原先生の目。その目に少し力が入るのが分かった。
「何、本気になってんだよ」
「本気にもなります。貴方が中途半端で適当だから」
「だから、お前には関係ないだろ」
「……100歩譲って、貴方が中途半端なことに関しては、僕には関係ないとしましょう。けれど、溝本先生と校内でキスをして、それにより平澤さんが傷付き悲しんでいることに関しては物申します。まぁ僕は、それも中途半端だと言っているのですけど」
「…………」
柚木先生は酷く河原先生から手を離し、椅子に座った。そしてはぁ……と溜息をついて、腕を組み俯く。
「……」
ふいに河原先生と目が合った。しかし、私はその視線を瞬時に逸らしてしまう。
「平澤……」
「……夏休み、宿直室での会話……キスの音、聞いていました」
勇気を出してそう告げると、河原先生は酷く驚いた顔をした。
「……それで俺を避けていたのか」
「み、溝本先生には敵いません……。だから、もう良いんです。もう良い……。河原先生のこと、もう好きって言いませんから」
大量の涙が溢れ出てきた。本人に伝えるのって、こんなにも苦しいなんて。
私は衝動的に体が動き、部室の扉に向かう。
それと同時に柚木先生は急いで椅子から立ち上がり、私を強く抱きしめた。
「平澤さん」
「やめて柚木先生、ここから逃げたい……!!」
「逃げるくらいなら、僕の腕の中に居て下さい」
「何それ……やめてよ!!」
涙が全然止まらない。柚木先生の腕に抱きついて、漏れ出る嗚咽を抑え殺す。
「……平澤」
河原先生は立ち尽くしたまま唇を噛み締め、呆然と私と柚木先生を眺めていた。