どこの誰よりも、先生を愛してる。



 校舎を出て少し歩くと、教員駐車場がある。
 そこに停めてあった柚木先生の車。

 鍵が開いた黒色の普通車は、ピカピカに磨かれていた。


「どうぞ、平澤さん」
「……お邪魔します」


 柚木先生にエスコートされ、助手席に乗り込む。中も綺麗に掃除がされているようで……乗る込むことに少し躊躇った。


「……」


 鞄を後部座席に置いて運転席に乗り込んだ柚木先生は、珍しく銀縁の眼鏡を掛けていた。いつもとは違う姿に新鮮さを覚える。


「先生、眼鏡ですか?」
「そうです。運転する時だけ眼鏡を掛けています」


 癖のある濃い茶髪に、銀縁の眼鏡が良く映える。


「………」


 馬鹿で単純な私は、不覚にもかっこいいと思ってしまった。


「眼鏡、似合いますね」
「……え、ありがとうございます。平澤さんにそう言ってもらえると、本当に嬉しいです」
「……」


 柚木先生の返答を聞いて我に返る。


 自分は一体、何を言っているのだろうか。
 つい出てきた言葉に頭を抱える。



「さて、行きましょうか」


 その言葉に頷き「お願いします」と小さく呟く。少しだけ微笑んでいる柚木先生は、ゆっくりと車を発進させた。



「……」


 緊張もあるのか、少し微妙な空気。車のオーディオからは、最近流行りのロックバンドの曲が流れていた。


「………」



 ふいに蘇る、あの日の水音。


 あれから時間も経ったのに、未だ耳に残る水音。溝本先生の声。考えるだけで今も涙が出そうになる。


 そのくらい、私には衝撃的だった。


「……ねぇ、柚木先生」
「ん、何でしょうか」
「河原先生と溝本先生は、付き合ってるってことですよね」
「……」


 柚木先生は真顔で表情を変えないまま、左手で口元を覆った。何故か無言なのが、また怖い。


「……先生、ごめんなさい。そんなこと、分からないですよね」
「あ、いや。その……。つ、付き合ってるってことだと思います。……ただ、ここで肯定すると、平澤さんが傷付くと思いまして」
「いや、良いです。別に、河原先生のこと好きではありませんから」
「………」


 唇を噛み、何故か泣きそうな表情をしている柚木先生。
 その表情の理由がまた分からない。


< 54 / 116 >

この作品をシェア

pagetop