どこの誰よりも、先生を愛してる。



 そう思い、思わず警戒したが、予想は外れた。



「嫌な音とか聞かせてしまって、ごめん。言い訳では無いんだが、溝本先生とは付き合っていない。でも、聞かれた会話は事実。気持ち悪いかもしれないが、”そういう関係”ではあった。でも、きちんと解消しようと思っている……」
「……」
「って、何で俺は平澤に弁解しているんだろうな……」
「……っ」



 頭で考える前に、体が先に動いた。

 私は勢いよく立ち上がり、河原先生の背後に回る。そして、無言のまま抱きついてみた。



「ちょ、平澤っ!」
「先生……私、溝本先生と付き合っていないって聞いて、安心しました」
「平澤………」


 仄かに香る香水に混ざる、タバコの香り。
 直に感じる先生の体温に頭がおかしくなりそう。




「……」




 自分からやっといてあれだけど。




 この後……どうすれば良いのか分からない。




 自分の心臓の音がうるさい。
 身体は震え始め、また目に涙が滲む。



「……平澤、心臓凄いな」
「き……聞かないで下さい!」
「聞こえるんだよ……」
「聞かない努力をして下さい」
「無茶言うな……」



 そう言って先生は、初めて私に対して笑ってくれた。
 優しい笑顔に、思わず涙が込み上げる。



「……先生、やっと笑ってくれた」



 私に向けられたその笑顔が、ずっと見たかった。
 いつも不機嫌そうな顔をしていたから、その笑顔が本当に嬉しいし眩しい。


「今度、向き合っている時に笑って下さい。横じゃなくて、正面から見たいです」
「何だそれ……」



 呆れたような声を出し、ふっと笑う先生。



 もう……たったそれだけのことなのに、嬉しくてどうしようもない。
 今の私の感情、上手く言葉にできない……。




「……なぁ、平澤。1つ聞きたいことがある」
「……え?」
「柚木先生と付き合ってるのか?」
「あっ」


 そういえばキスしていたところ、見られていたんだっけ。

 唐突な河原先生からの質問に、身体が飛び跳ねた。
 真っ直ぐ見つめてくる先生の目に、涙が零れ落ちる。


「つ……付き合ってないです。柚木先生は、傷付いている時に支え助けてくれていました」
「それでキスをするのか?」
「河原先生、冷たくて、辛くて。どうでも良いやってなって……」
「なるほど、俺のせいか」
「それは違います」
「いや、俺のせいだよな……」


 そっと私の手に、トントンと2回触れた先生は、囁くように言葉を継いだ。


「前も言ったが、柚木先生とキスしているところを見たら嫌な気持ちになった。……それだけ、お前に伝えておく」
「河原先生……」




 結局1時間以上、河原先生とお話をしていた。



 付き合うとか付き合わないとか……それはさておき。

 壊れ切っていた先生との関係が、ほんの少しだけ回復したような気がした。




< 65 / 116 >

この作品をシェア

pagetop