どこの誰よりも、先生を愛してる。
複雑
その日の帰り道。
家がある住宅街に入ると、反対側から走ってきた人に突然手を振られた。
黒いジャージを身に纏った男の人は、大きな声で私の名前を呼ぶ。
「……あ、菜都!」
「………圭司?」
被っていたフードを脱ぎ、笑顔で手を振っている人。無性に嬉しそうな圭司だった。
「部活、お疲れ!」
「圭司こそ……。部活辞めてからもランニングをしていたんだ……」
「もちろん。やっぱり俺さ、走るの好きだから」
そう言いながら微笑み、頬を掻く。
圭司が陸上部を辞めたこと、本当は少し気になっていた。
走るのが好きなんて……。
わざわざ言わなくても。そんなこと、幼馴染の私には手に取るように分かる。
「ねぇ菜都、家まで送ってもいい? って言っても、そんなに距離は無いけど」
「……うん」
「やった……!」
物凄く嬉しそうな表情をした圭司は、そっと私の手を握った。
「ちょ、手は……」
「良いの」
「……」
何も良く無いんだけど……。そう思いつつ、無言で受け入れる。
「……」
隣を歩く圭司を見上げる。柚木先生より大きくて、河原先生よりは小さい。
幼馴染を先生2人と比較するなんて、私も大概だな……なんて思い、また自己嫌悪。
「ん、どした?」
「いや……何もない」
嬉しそうな表情に優しさが混ざっているような、何とも言えない圭司の表情に、少しだけ胸が痛んだ。
「……菜都さ、文化祭実行委員会、上手くいってる?」
「う、うん……」
「河原と一緒に活動してんの?」
「あ。まぁ、河原先生と……柚木先生」
「柚木先生も?」
声のボリュームを上げ、首を傾げている圭司。もはや、何を言っても地雷だ。
「……あまり聞きたくないけど、河原とは……大丈夫?」
「大丈夫とは」
「いや、その……。こっちも上手くいってんのかなって……」
「………」
可もなく、不可も無く。けれど、圭司には言えない。
「まぁ、ぼちぼち」
「……そうか」
繋いでいる手に少しだけ力が入る。圭司の様子に何だか物凄く胸が痛む。
「……えっ、圭司と菜都?」
背後から聞こえて来たその声に、私たち2人ともが同時に振り向いた。
「……」
その姿に、思わず息をのむ。
私と圭司の名を呼んだ人……。愛理だ……。