どこの誰よりも、先生を愛してる。



 文化祭前日。

 先生2人や幼馴染2人のことで頭を悩ませ、今もまだ心が晴れない日々。

 圭司と愛理の3人で揉めた時から数週間経つと言うのに、今もまだ昨日のことのように思い出す。



「………」


 そんな私は、1人で装飾物の貼り付けをしていた。


 文化祭実行委員と生徒会と一部の部活だけが残っている校内。
 みんな体育館の準備をしている中、私は校舎側の装飾を進めている。



「……はぁ」


 思わず漏れる溜息。



 河原先生が作った星、綺麗だなぁ。なんて頭の片隅で思いながら、ひたすら装飾を続ける。


 あの時、河原先生がふと零した、元嫁は保育士という言葉。実はあれが少しだけ……胸に引っかかっていた。

 バツ1なのは知っていたのに。その言葉が引っかかったまま、取れる気配が無い。


  パタッ、パタッ


「………」


 離れた場所から聞こえてくる、上履きの乾いた音。

 装飾をする手を止め、そちらの方に視線を向ける。


 その音の主は……見慣れた人だった。


「あ……愛理」
「……」


 愛理は私の姿を見て、視線を逸らした。不自然に斜めを向きながら私の横を通過しようとする。



「………っ」



 ここで無言だと……もう二度と、本当に二度と戻れない気がする。


 ふいにそう思って、私は咄嗟に声を掛けた。


「あ、愛理。まだ、残ってたんだ」
「……」

 歩く足を止め、立ち止まった愛理。だが、何も言わず振り向きもしない。

「あ、その……。県体入賞おめでとう。流石だね、愛理は」
「……」
「尊敬するよ……」
「やめて」
「……」



 その言葉と共に、やっとこっちを振り向いてくれた愛理。その目からは、涙が零れていた。



「何なの。私、あんなに酷いこと言ったのに。何で話し掛けてくるの?」
「……」
「おかしいよ。何でそんなに普通に……」
「普通に見える?」
「……え」


 心の震えが、態度にも現れる。緊張で身体が震え、私も涙が零れ始めた。


「傷付いて、悲しかった。けれど、やっぱり愛理は大切な幼馴染で、親友で。だから今話しかけないと、もう二度と元には戻れないと思った。……全然普通じゃないよ。今だって本当は、逃げ出したいくらい胸が痛い」


 真剣に私の言葉を聞いてくれていた愛理の目から、更に涙が零れる。

 次第に嗚咽が漏れ始めた愛理は、鞄を落として、床にしゃがみ込んだ。


「私、本当は悪いと思っていたの! 圭司が私じゃなくて菜都のことが好きって……それ菜都は全然関係無いし、菜都が圭司じゃなくて河原先生のことが好きだって知っていたし、菜都に当たるのはお門違いだってこと……! 分かってたの、本当は!!」


 廊下に全体に響くくらい大きな声で泣いている愛理。誰も居ないのが幸いだと思いつつ、私も涙が止まらない。

「でも、みんなが菜都の味方をするし……。菜都、菜都って、私もここに居るのに……!! 何でなのって思ったら、菜都のことが憎く感じてしまったの!! ごめんなさい、菜都!! 私の視界から消えてって酷いこと言ったけれど……。本当は今だって、菜都のこと好きだし、全て私自身のせいだけど……菜都と親友で居たい……!!」



 ゆっくりと愛理に近付き、同じように隣にしゃがみ込んだ。顔を覗き込んでそっと微笑むと……愛理に強く抱きしめられる。


「ごめん、ごめん……菜都!!」
「もう良いよ、愛理……」


 お互いに抱きしめ合ったまま、ただただ涙を流す。


 久しぶりに触れた愛理は、いつまでも謝罪の言葉を口にしていた。


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