幼馴染との婚約を解消したら、憧れの作家先生の息子に溺愛されました。
 翌日、梅雨入りも本格的になって、残念ながら天気はあまり良くなかった。
 いつものように電車で病院へ行き、安浦先生の洗濯物を受け取ると、安浦家に行く前に駅前で桐人さんと待ち合わせた。昼休みの間にランチだけ、ということだそうだ。

「お待たせしました。行きましょうか、近くに美味しい天ぷら屋があるんです」

 桐人さんは営業職なだけあって、接待などの経験もあるのだろう。
 予約をしてくれていたらしく、行動がとてもスマートだ。
 落ち着いた店内のカウンターに座り、料理を待つ。
 照明が少し暗いと思ったら、料理の色合いを引き立てているのだそうだ。

 やがて目の前の皿に、揚げたての天ぷらが乗せられる。
 備え付けのゆずの香りが、ふわりと鼻をくすぐって、とても美味しそうだ。

「いただきます」

 サクッと音を立てて噛むと、野菜の甘みが口に広がる。

「……美味しい!」
「でしょう? 僕も昔、職場の先輩に連れてきてもらったんですが……。もう一度来たいと思っていたんです。でも、なかなか一人じゃ入れなくて」

 次々と揚げたての天ぷらが出来上がり、塩や天つゆをつけて食べる。
 けれども、何もつけなくても美味しくいただけるのが、本当に驚きだった。
 
 桐人さんはその後も、いろんな話をしてくれた。
 ほとんどが仕事の話で、まるで接待のようだったけれど。
 私に気を遣わせないようにしているのが伝わって、それが嬉しかった。
 たった一時間だけだったけど、久々に楽しい食事ができた気がする。
< 21 / 51 >

この作品をシェア

pagetop