幼馴染との婚約を解消したら、憧れの作家先生の息子に溺愛されました。
 危なかった。そうか、私のことを探しているんだ。
 鉢合わせなくて良かった……。
 先生の言い方からすると、裕貴も詳しい話はしていないようだ。
 まさか、原稿を破って婚約者に逃げられたなんて、口が裂けても言えないのだろう。

「いろいろありまして……。あの、安浦先生、お願いです。私がここに来ていること、社長には内緒にしていただけませんか?」
「……と言われてもねぇ。何があったのかわからないことには……」
「お願い……します……」
 
 肩を震わせて、深く頭を下げた。
 私がここに来ていることがバレたら、今後待ち伏せされてしまうかもしれない。
 それに、先生は過労で入院されているのに、私のことなんかで心配させてはダメだ。
 奥歯を噛み締めて、泣きそうになるのを、ぐっと堪えた。
 
 先生は、小さくため息をついて、

「わかった。しばらく様子を見させてもらおう」

 と言ってくれた。
 
「ありがとうございます……!」

 安心して、また涙が出そうになる。
 
「そ、それじゃ、今日の分、お預かりしますね!」

 話していると本当に泣いてしまいそうで、私はそそくさと洗濯物を持って病室を出る。
 その途端に大量の涙が溢れた。
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