幼馴染との婚約を解消したら、憧れの作家先生の息子に溺愛されました。
「原稿のことはいいんです。書き直せばなんとかなりますから。でも、まさか裕貴がそんなことをする人だったなんて、それがショックで……」
 
 パソコンのデータは消されてしまったが、鞄の中に入っているメモリーが頼みの綱だ。
 それがなかったら、もう一度書こうなんて思わなかったかもしれない。
 
「それは……ひどいですね。しかし、真宮さんは、これからどうしたいのですか?」
「どうしたい……?」
「そうです。どうするかを決めるのは、真宮さんですよ」

 そう言われて、私は自分がまだ混乱の最中(さなか)にいることに気がついた。
 この問題を、ひとつひとつクリアしていかなければならない。
 裕貴のことも、好きなのに本当に許せなくて。
 もう、わけがわからない。
 だけど、ひとつだけ確かなことがあった。
 
「私は……。小説を完成させて先生に見ていただきたいです。でも、裕貴と一緒にいたら見つかってしまう……」

 そうだ。そこだけは譲れない。
 だから私は、裕貴から離れようと家を飛び出したんだ……。
 震えながら本心を言うと、桐人さんは私の手を取った。
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