幼馴染との婚約を解消したら、憧れの作家先生の息子に溺愛されました。
「よろしければ、うちへ来ませんか?」
「えっ?」
「臨時の洗濯係としてではなく、うちに居候していただいて、思う存分小説を書いてもらえれば」
「ちょ、ちょっと待ってください! それはさすがに……」

 私にとっては、とてもありがたい申し出だ。
 でも、さすがに桐人さんと一緒に暮らすのは、いろいろと問題があるような。

「部屋は空いていますし、もし心配なら、内側から鍵をかけてもらっても構いません。それに……いつか、ちゃんとしたお礼をしようと思っていたんです。こんな形で返せるなら、僕としても本望なのですが」

 うわぁ……。
 ダメだ、桐人さんが眩しすぎる。
 この曇りのない瞳と淡い笑顔で言われたら、すぐに首を縦に振ってしまいそうだ。
 どれだけ自分の意志を強く持とうとしても、その優美な笑顔と言葉に心が揺らいでしまう。

「それでも、もし気が引けるなら、正式に家政婦として雇うのはどうでしょうか? 仕事がないままでは困るでしょう?」
「でも、杉田さんという方がいらっしゃるのでは?」
「実は……。杉田さんは先日お孫さんが生まれたそうで、しばらく戻って来れないようなんですよ」
「そ、そうだったんですか……」

 それなら、私は安浦家にとっても役に立てるし、安浦家は家政婦さんが必要。
 桐人さんはお礼がしたい、私は居候で小説を書ける。
 ……うん、悪くない。どちらにとってもメリットしかないわ。

「わかりました。じゃあ、杉田さんが戻るまで、よろしくお願いします」

 こうして私は、家政婦の杉田さんが戻るまでの一年間、安浦家にお世話になることになった。
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