幼馴染との婚約を解消したら、憧れの作家先生の息子に溺愛されました。
 しばらくして、安浦先生のスピーチに入る。
 司会者からマイクを受け取り、先生は壇上に立つ。
 衝立の裏側にいる私の方を一瞥してから来賓の方を向き、先生は話し始めた。
 
「えー……。本日は、お足元の悪い中、(わたくし)めの出版記念パーティーにお集まりくださり、誠に御礼申し上げます」

 先生が軽く頭を下げると、来賓の方々の拍手が雨の音のように会場に広がった。
 新聞記者たちが、カメラのシャッターを切る音も聞こえてくる。
 私は、ここからが本番だ、と桐人さんのスーツの裾を握りしめてしまっていた。
 心臓の音が鳴り止まない。
 
「ところで、本日はもうひとつめでたいことがありまして、この場を借りて紹介させていただきたい。実は、私の弟子が陽瑛(ようえい)出版での書籍デビューが決まりました」

 今日は穂鷹出版のパーティーだというのに、何を言い出すのだと、会場中の空気が張り詰めた。
 しかし、誰も何も言えないのは、安浦栄次郎という人物が重鎮だからだろう。
 ざわつく中、安浦先生は気にせずに話を続ける。
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