幼馴染との婚約を解消したら、憧れの作家先生の息子に溺愛されました。
「しのぶ……ッ!? おまえ、今までどこに行って……!!」

 案の定、裕貴は半ば取り乱しながら近づいてきて、私の肩を掴もうとした。
 心臓が痛い。乱暴にわし掴みされたような感覚だった。
 しかし、間に桐人さんが入り、その手を払いのける。

「僕の婚約者に、何をするんですか?」
「ふざけるな! 婚約者はオ……!!」

 裕貴は、言いかけて口を噤んだ。

 ……言えないでしょうね。
 先ほど、安浦先生は「元婚約者(・・・・)に破り捨てられた」としか言っていない。
 ここで私の婚約者は自分だと名乗り出れば、自白しているようなものだ。
 私たちの様子を見て、周りがざわめき始める。
 
「裕貴、おまえ、まさか……!」
 
 裕貴の父親である穂鷹会長だけは、私と裕貴が婚約していたことを知っている。
 気付いてくれた人がいるというだけで、私の心は救われた。

「父さ……会長、これは……!」
「帰ったら緊急会議だ。わかったな」
 
 会長の顔は怒りの色を隠しきれず凄んだ表情に変わり、逃れようのない圧力を感じさせた。
 
「……はい」

 裕貴は青ざめた顔で、ふらふらした足取りで会場の隅へと移動していった。

 私は、その姿を壇上から複雑な思いで見つめる。
 怒りとか、悲しみとか、裕貴に対してそんな感情は、もう持ち合わせていなかった。
 あの頃の感情はすっかり消え去り、今の私にはただの冷静な観察者としての視点しか残っていない。

 ここまでできたのは、すべて桐人さんと安浦先生のおかげだ。
 私は、裕貴の姿を追いながら、これまでの出来事を思い出していた。
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