エリート御曹司は不運な前向き社員を甘くとらえて離さない

2.秘書として

 翌月から、愛美は正式に副社長の秘書として働くことになった。

 数週間ぶりに来たオフィスは今までと変わらないはずなのに、見慣れた雰囲気は影を潜めている。
 まるで知らない場所みたいだ。

 エントランスを通るときの皆の視線が痛い。
 派遣切りにあった社員がそのまま副社長付になるという噂は、あっという間に社内に広まったらしい。

(でも……もうやるって決めたんだし、頑張るしかない!)


「し、失礼しますっ。本日から副社長付に就任した日高です。よろしくお願いします」
「あぁ、おはよう。今日からよろしくお願いします」

 扉の前で気合を入れてから副社長室に入ると、博明が優しく迎え入れてくれた。

「今日は僕の後について、仕事の流れを覚えてください」
「えっと……前任の方は?」
「あいにく今まで秘書がいなかったんです。そろそろつけろと言われていたのですが、適任がいなくて……。だから、どの程度仕事をお任せするかは二人で決めていきましょう」

 てっきり前任の方からの引き継ぎがあると思っていた愛美は、博明の言葉に少し驚いた。
 博明が副社長に就任したのは、愛美が派遣される前のことだ。つまり何年も秘書無しでやってきたということ。

(私、本当に必要かしら……)

 そんな思いが頭をよぎったが、愛美は小さく頭を振った。
 少しでも博明の負担を減らすのが秘書の役目だ。今まで出来ていたかどうかは関係ない。

「今日は10時から経営戦略会議があります。あぁ、リモートなのでそんなに緊張しないでください。それから僕宛のメールは全て日高さんへと転送されるよう設定しましたから、今日はスケジュールだけ追ってみてください」
「わ、分かりましたっ」



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