エリート御曹司は不運な前向き社員を甘くとらえて離さない
 お弁当作りや秘書としての仕事に慣れたある日のこと――

 役員会議を終えて博明とともに副社長室へ戻ると、そこには先客がいた。

「やっと帰ってきた! 君が日高さんかぁ。仕事には慣れた?」
「あっ、はい。おかげさまで……あの、どちら様でしょうか」

 愛美が見上げたその男性は、博明ほどではないが背が高く、いかにも仕事が出来そうな風貌だ。

 けれど、会社役員ではないはずだ。
 最近覚えたばかりの役員リストに彼はいなかった。

「人事部の室田です。日高さんにちょーっとお話が伺いたくて、ここで待ち構えていました。……営業部のことで」

 営業部と聞いて愛美の身体は石のように強張った。

(今さら営業部関連の話があるって何かしら? もしかして、この仕事も辞めさせられる!?)

 健吾や前の課長の顔が浮かぶと同時に、嫌な記憶が蘇ってくる。
 最悪の想像が頭をよぎると、愛美の呼吸は浅くなった。

「っ……」

 まるで愛美のまわりだけ空気がなくなってしまったようだ。


「室田、あまり日高さんを困らせないで」

 博明が一歩前に出て、愛美の横に並んだ。

「ははは、困らせるつもりはないんだけど。気になるなら佐伯も同席していいよー」
「もとよりそのつもり。日高さんは僕の大切な人だから」

 そう言いながら博明は愛美の肩にそっと手を置いた。

 優しい表情で「ね?」と顔を覗き込まれて、愛美は少しだけ呼吸を取り戻した。

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