エリート御曹司は不運な前向き社員を甘くとらえて離さない
(私とは生きる場所が違い過ぎる)

 当たり前のことなのに、なぜか心がチクチクと痛んだ。

「飲み物はコーヒーで良いですか?」
「あ……はい、ありがとうございます」

 コーヒーの良い香りが、愛美を考え事から現実に引き戻した。
 コーヒーカップを受け取る手が震えるのを悟られないように、両手でそっとカップを受け取りゆっくりと口をつけた。

「美味しい……」
「良かった。さあ、食べましょう」
「いただきます」

 パンを頬張ると、サクッとした食感の後に優しい風味が広がる。
 美味しいコーヒーと美味しい食事を食べている内に、先程までのチクチクが緩んでいった。

「お口に合いました?」
「もちろんです! どれも美味しくて……こんな料理上手な方にあんなお弁当を食べさせていたと思うと、申し訳ないくらいです」
「愛美さんのお弁当も美味しいですよ。毎日の楽しみなんですから」
「ふふっ、光栄です」
「僕、いつも入れてくださる卵焼きが好きで」
「あぁ、あれは鰹節を混ぜるんです。それから……」

 二人で料理の味付けやよく作る料理のレシピを共有し合う。なんでもない会話がとても心地よかった。
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