エリート御曹司は不運な前向き社員を甘くとらえて離さない
棚から華やかな四角い缶を取り出し、フタをそっと撫でる。
「少しだけ元気ちょうだい」
缶を開けると、中には色とりどりのドライフルーツが散りばめられたロッククッキーが入っていた。
サエキ製菓の『メロウクッキー』だ。
「気分が落ちてる時は、甘い物が一番よね」
ストレートのダージリンを淹れ、クッキーを頬張る。
ほろりと口の中で崩れると、素朴な甘みにドライフルーツの爽やかな味が混ざり合った。
「あー……最高」
クッキーを一枚食べると、さっきまでのモヤモヤした気分が晴れていく。
「もう派遣はやめて、正社員を探せばいいのよ。良い機会なんだから!」
愛美は就活の時期に母親が体調を崩し介護に専念していたため、新卒で就職出来なかったのだ。
その母親も二年の闘病生活の末に亡くなった。片親だった母親がいなくなったことで、愛美は家族と呼べる人がいなくなってしまった。
だが悲しさに浸る余裕はなかった。稼がなければ生きていけない。
にもかかわらず、新卒でない愛美にとって正社員の道は狭く険しいものだった。
生活費を稼ぐために登録した派遣会社からサエキ製菓を紹介され、約三年間働いてきた。
先月の面談では、仕事が評価され、正社員登用の話をもらっていた。
「やっと正社員になれると思ったのになぁ……って、ダメダメ! 終わった話よ」
愛美はもう一枚メロウクッキーを頬張ると、立ち上がって出勤の準備を始めた。