エリート御曹司は不運な前向き社員を甘くとらえて離さない
「魚が好きというより、この場所が好きなんです。のんびり時間が流れていて、リフレッシュできるので」
「分かります。時間を忘れて眺めちゃいますよね」

 魚に視線を戻すと、小さなカクレクマノミが愛美の目の前でくるくると回っている。奥の方へと泳いで行ってしまうまで、のんびりと眺めていた。

「実は昨日もそうでした」
「え? 何がですか?」

 愛美には話が見えず、首を傾げた。

「昨夜のことです。酔って眠ってしまった愛美さんを見ていたら、とても幸せそうで……ずっと眺めていたら起こすタイミングを逃してしまいました」
「うぇ!?」

 予想外の言葉に、愛美の口からは間が抜けた声が飛び出た。博明は気にする様子もなく言葉を続ける。

「愛美さんはこの水族館みたいです。一緒にいると落ち着くので。……聞いてます?」

 博明が固まっている愛美の顔を覗き込んだ。
 すぐ近くに博明の顔がある。それでも愛美は驚きが大きくて動けないままだった。

 その様子を見た博明はくすくすと笑いながら愛美の手をとる。

「そろそろ次の展示に行きましょう?」

 手をひかれて進んでいく間、愛美の頭の中では博明の言葉がずっと繰り返されていた。


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