エリート御曹司は不運な前向き社員を甘くとらえて離さない
 いくつかの展示コーナーを見終わる頃、ようやく愛美は冷静さを取り戻すことが出来た。

(きっと佐伯副社長は、プライベートでは冗談を言うタイプなのよ)

 そう言い聞かせて、握られている手を意識しないようにする。
 クラゲがライトアップされている展示に集中した。


 ゆらゆら。きらきら。


 真剣に眺めていると、だんだんと楽しむ余裕が戻ってきた。

 そしてクラゲコーナーを通り抜けると、壁一面の大きな水槽が現れた。

「わあっ、ジュゴンだ! 可愛いっ」

 穏やかな顔をジュゴンが、気持ち良さそうにのんびりと寛いでいる。ハート形の大きな尾ひれが可愛らしい。

「人魚のモデルらしいですよ」

 博明が興味深そうに説明パネルを指さした。確かにパネルには『人魚(メロウ)伝説の誕生秘話』と書かれている。

「言われてみると、尾ひれの形が人魚みたいです。ふふっ、メロウ伝説ってこうして生まれたんですね」

 幼い頃に読んでいた絵本の話は、目の前の可愛らしい生物から誕生したのだ。
 なんだか感慨深かった。

「そういえば昔、メロウクッキーの『メロウ』は人魚のことだと思っていました。この形のどこが人魚なんだ! って父に文句を言って困らせました」

 ふと思い出したように博明がそう呟いた。
 その言葉に愛美は目を丸くした。


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